第154話 三月三日は雛祭り
女の子の健やかな成長を願う伝統行事。女の子のいる家庭では、雛人形を飾り、白酒・菱餅・あられ・桃の花等を供えて祀る。
上巳の日には、人形に穢れを移して川や海に流していたが、その人形が次第に精巧なものになって流さずに飾っておくようになり、雛祭りとして発展して行った。
雛祭りは始めは宮中や貴族の間で行われていたが、やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には庶民の行事となった。
元々は、五月五日の端午の節句とともに男女の別なく行われていたが、江戸時代ごろから、豪華な雛人形は女の子に属するものとされ、端午の節句は菖蒲の節句とも言われることから、「尚武」にかけて男の子の節句とされるようになった。
「おかあさん、ただいま!」
娘の愛理が小学校から帰って来た。
「ねえ、ねえ、おかあさん! 今日はひな祭りで、女の子のお祭りなんでしょ!」
「お帰り。今日はひな祭りだけど、まず帰って来たら手洗いうがいでしょ」
「はーい!」
愛理は手を上げて返事をして洗面所に向かった。
「おかあさん、ひな祭りなら今日の晩ごはんはちらし寿司?」
洗面所から戻って来た愛理が聞いて来る。
「そうよ。今日は愛理の為のお祭りだからね。愛理の好きなちらし寿司よ」
「やったー! あっ、でも私のためのお祭りでいいの?」
「そうよ。愛理の為のお祭りで良いのよ」
私は愛理がなぜ疑問に思っているのか分からなかった。
「それより早く宿題を終わらせなさい。今日は特別にケーキを買ってあるから、一緒に食べよう」
「ええっ、ホント? やったー! 宿題してきます!」
愛理は喜んで部屋に入って行った。私はその間に夕飯の準備をしよう。
宿題を始めて一時間経ったが、まだ愛理は部屋から出て来ない。いつもなら三十分ぐらいで終わるのに。私は気になったので、部屋の前まで行ってみた。
「あかりを点けましょぼんぼりに……」
部屋の中から愛理の歌声が聞こえる。宿題は終わったのかな。
「愛理、宿題は終わったの?」
私はドアの前から愛理に呼び掛けた。
「宿題は終わったよ! もう少しで終わるから待っててね」
宿題は終わったのに、もうすぐ終わるってどういうこと? とにかく待っててと言うならもう少し待つか。
私がキッチンに戻って十分ぐらいで、愛理が部屋から出てきた。
「おかあさん出来たよ!」
愛理はそう言って、両手に持った画用紙を広げて見せてくれた。
「あっ、愛理……」
そこには大小二人のお雛様が描かれていて、大きいお雛様には「おかあさん」小さいお雛様には「あいり」と書かれていた。
「今日はおんなの子のお祭りだから、愛理とおかあさんのためのお祭りだよ」
さっき愛理が疑問に思っていたことの意味が分かった。私も女なのに、どうして自分だけのお祭りになるのか疑問だったのだ。
愛理が生まれてから、どうしても母としての意識が強くなっていた。でも私は母である前に、一人の女性だ。愛理の目にはそう映っているんだ。
「そうだね。今日はお母さんのお祭りでもあるんだね。じゃあ、ケーキ食べながら、一緒にうれしいひな祭りを歌おうか」
「うん!」
愛理は満面の笑顔で頷いた。
私は母であると同時に、愛理が憧れるような女性になりたい。愛理がずっと、お母さんも女の子だと思って貰えるくらいに。
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