第153話 三月二日はミニの日
「ミ(三)ニ(二)」の語呂合せ。
ミニチュアや小さいものを愛そうという日。
俺は頭も良いし運動神経も抜群だ。顔もまあ普通レベルだとは思っている。でも一つだけコンプレックスが有った。背が低いのだ。
高校二年の現時点で身長一六〇センチ弱。もう一年背が伸びていないので、年齢からしてもこれ以上は伸びないだろう。せめてあと三センチでも高くて堂々と身長一六〇センチと言ってみたかった。
成績が良いのも運動が得意なのも、背が低いことをカバーしようと頑張っているからだ。そんな身長以外のスペックが完璧な俺だが、今までに一度も女の子から告白されたことが無い。身長を気にして、俺からも告白したことが無いので、今まで誰とも付き合ったことが無い。もちろん彼女は欲しいが、この身長じゃどうしようも無いと諦めかけていた。
そんなある日、昼休みに食堂から教室に戻ると、机の中に一枚の紙が入っているのに気付く。綺麗な字で放課後に教室に残ってて欲しいと書かれていた。差出人も用件も書いていない。いたずらの可能性も考えられた。
放課後になり、俺は一旦部活に向かった。でも少し遅れると仲間に連絡して、また教室に戻った。誰かが本当に告白してくれるかもという思いを捨てきれなかったのだ。
教室に入る前に、窓から中を窺う。
一人の女生徒が席に座っている。顔は良く見えなかったが、すぐに誰か分かった。バレー部のエースアタッカーである森下だ。
森下は「学校内で一番女子から人気がある女子」と噂される、王子様系女子だ。スレンダー体形でボーイッシュなショートカット。顔は宝塚の男役のような男性的な美形。可愛いと言うよりカッコイイという形容詞がよく似合う。性格も明るくてクラスの中心人物だ。
また背が高いのだ。恐らく一七〇センチくらいはあるだろう。実は俺も内心は凄く気になっている娘だった。ただ、好きだと言うより憧れの対象だ。俺もあんな風に背が高ければといつも羨望のまなざしで見ていたのだ。
まさか、俺を呼び出したのは森下のなのか? いや、でも森下があり得ないだろう……。
そう思って見ていると、森下は席から立ちあがった。自分の荷物を持って帰ろうとした瞬間、俺と目が合う。彼女の表情が、パッと明るくなったのが分かった。
俺はその表情を見て、教室の中に入った。
「来てくれたんだ」
俺が近付くと、森下が嬉しそうにそう言った。
「あのメモは森下が書いたのか?」
「そう。だからここで待ってたの」
「そうなんだ。用件は何?」
俺は平静を装って無表情で話しているが、心臓はバコバコ鳴り響いている。
「あの……」
森下は顔を赤くして下を向く。まさか本当に告白なのか?
「前から好きでした。付き合ってください」
森下は赤いままの顔を上げて、緊張した面持ちでそう言った。
「本当に?」
「嘘でこんなこと言わないよ」
俺は一瞬、頭の中で「罰ゲームかも」という思いが浮かんだが、すぐに消えた。そんなことする娘じゃないと思ったからだ。
「俺、こんなに背が低いんだよ」
「そんなこと関係ないよ。高橋君は凄い人じゃない」
「凄くなんかないよ。だって、今まで誰からも告白されたこと無いし」
「じゃあ、私が一番最初なんだ! なんか嬉しい」
森下は無邪気に喜んでいる。
「でも考えてみろよ。俺の背が低いから、森下と一緒に居ても釣り合いが取れないだろ」
「身長なんて、生まれ持ったものでどうしようも無い部分でしょ。それよりも高橋君は成績が学年トップクラスだし、野球部でも俊足好打者の二塁手でキャプテンじゃない。凄く努力しているのを知ってるし、尊敬しているんだよ。だから一緒に居て見た目で釣り合いが取れないなんて全然問題ないよ」
「森下……」
俺は泣きそうなくらい嬉しかった。コンプレックスを持っている身長のことなど全然気にしないで、俺が努力している部分を気に入ってくれるなんて。
「私じゃ好きになれないかな?」
森下が少し悲しそうな顔でそう言う。俺が否定的なことばかり言ったので、勘違いさせてしまったのだろう。
「いや、好きになるどころか、俺はずっと森下に憧れていたんだよ」
「えっ、そうなんだ!」
森下の顔が一瞬で明るくなる。凄く可愛いと思った。
「俺は外見だけ見て憧れていたんだ。でも今の話を聞いて、内面も凄く良い娘だと分かって改めて好きになったよ」
「じゃあ、オッケーなの?」
「うん、むしろ俺の方から付き合って欲しいくらい」
「やったー! 凄く嬉しい。みんなに自慢して良い?」
「うん、もちろん」
はしゃいでいる森下を見ていると、俺まで嬉しくなる。
背が低くても、他の部分で努力していれば見ていてくれる人がいるんだ。これからも森下に見ていて貰えるように、勉強に野球に頑張ろう。
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