第140話 二月十七日はガチャの日
日本で初めてカプセル玩具の「ガチャ」を導入した株式会社ペニイが制定。
同社では「ガチャ」の自動販売機および商品の販売を行っており、年齢、性別を問わず幅広い人々に愛されている「ガチャ」の魅力をさらに多くの人に知ってもらうのが目的。
日付は同社の創立記念日(一九六五年二月十七日)から。「ガチャ」は何が出てくるか分からないのが楽しい「手のひらサイズのサプライズ」商品。
俺は今、小さなタバコ屋の前で必死にガチャを回している。三十代半ばになってまでガチャを回すことになるとは夢にも思わなかった。
俺が回しているのは「ボケモン」と言うキャラクターのガチャだ。ボケモンは、冗談を書いたプレートを首から下げた、様々なモンスターがいるキャラクターで、今小学生の間で爆発的な人気になっている。ガチャは入荷即品切れになり、どこに行っても買うことすら出来ない。特に「ハゲタカフェニックス」というレアキャラが人気で、ネットでは有り得ない価格で転売されているにも関わらず、品薄で入手困難なのだ。
俺がこうやってボケモンのガチャを回しているのは、小学生の息子、
樹は利口で素直な子供だ。今まで無理な我儘など一度も言ったことが無い。そんな樹に、十歳の誕生日に何が欲しいか聞いたら、返って来た答えが「ハゲタカフェニックス」だったのだ。俺はボケモンのことなど何も知らずに、お父さんに任せろと安請け合いしてしまった。だが、探せど探せど「ハゲタカフェニックス」を手に入れられない。休日にあらゆる場所を探したが全て売り切れ。諦めかけたところで、このタバコ屋を見つけたのだ。
誰もこのタバコ屋にボケモンのガチャがあるとは思って無かったのか、入荷直後の状態で見つけられた。俺は「ハゲタカフェニックス」が出るまで何回でも回すつもりだった。
もう半分ぐらいは回しただろうか? まだ「ハゲタカフェニックス」は出て来ない。
「すみません」
不意に後ろから女性に声を掛けられた。振り返ると小学生ぐらいの男の子とその母親らしき女性が立っていた。
「すみません。子供がどうしてもそのガチャを回したいと言って……一回だけで構いませんので、回させて頂けませんか?」
小さな生活道路のタバコ屋で、人通りも少ないので油断していた。独占する権利など俺には無いので、彼女に番を譲ることにした。
「ほら、おじさんにお礼を言って、ガチャさせて貰いなさい」
「ありがとうございます」
お母さんに言われて、男の子は頭を下げてからガチャを回した。
「うっ……」
出てきたカプセルを男の子が開けた瞬間、俺は絶句してしまった。
「やったー! お母さん、『ハゲタカフェニックス』が出たよ!」
男の子は喜んで母親に見せるが、彼女は俺の顔を見て察したのか、無言ですみませんと頭を下げる。
親子が去った後の俺は激しく脱力したが、ここでへこんでいても始まらない。俺はまたガチャを回し始めた。
最後のガチャを回し終わった。結局、あれからも「ハゲタカフェニックス」出て来なかった。
俺は情けなさに泣きそうな気持ちになった。我儘言ったことなど無い樹が初めてねだった、誕生日のプレゼント。どうしても用意してあげたかった。それを渡した時の樹の喜ぶ顔と、逆に渡せなかった時のガッカリした顔。想像すると、本当に悲しくなる。きっと樹はすぐに笑って、仕方ないと納得してくれるだろう。そんな樹なだけに余計辛い。
俺は大量のボケモンガチャのカプセルを、タバコ屋で貰ったビニール袋の中に入れて家に帰ろうとした。
すると、先ほどのお母さんが自転車でこちらに走って来る。
「良かった。まだ居てくれて」
俺の前で自転車を停め、嬉しそうにお母さんは言った。
「どうしたんですか?」
「あの後、主人から連絡がありまして、もう一つ「ハゲタカフェニックス」を手に入れたんです」
「ええっ!」
「これが欲しかったんですよね」
彼女はポケットから「ハゲタカフェニックス」のカプセルを取り出す。
「お譲りします。あなたの方が多く回していたんだから」
「ホントに良いんですか?」
「はい。もちろんです」
無料でお譲りすると言うお母さんに、俺が入手したボケモンカプセルの半分を渡して交換して貰った。
俺はスキップしそうなぐらい、ハイな気持ちで家に帰った。
樹の誕生日の当日になった。いよいよ「ハゲタカフェニックス」を渡せるので、俺の方がドキドキしていたと思う。
「お父さん、ありがとう!」
プレゼントを渡すと、樹は今まで見たこと無いぐらい喜んでくれた。こんな笑顔が見れるなら、もっとおねだりしてくれて良いのにと思う。ただ、値段は高くなっても、入手が簡単な物にしてくれとお願いしたい。
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