第46話 十一月十五日はいい遺言の日

 りそな銀行が二〇〇六(平成十八)年十一月に制定。

「い(一)い(一)い(一)ごん(五)」の語呂合せ。

 あわせて、この日から十一月二十二日(いい夫婦の日)までの一週間を「夫婦の遺言週間」とした。



「ふわ~あ」


 まるで子守唄を聴いているような、お爺ちゃん先生の朗読が続き、私は声を出してあくびをしてしまった。一番後ろの私の席から見ると、半数以上のクラスメイトが寝るか寝そうになっている。お爺ちゃん先生の朗読、恐るべし。まるで集団催眠だ。

 ふと、依里よりが何をしているか気になり隣を見ると、一心不乱にノートに何かを書いていた。

 黒板に書き写しが必要なものは書かれていないし、一体何を書いているのだろうか? 気になったので、ずっと様子を窺っていた。依里は私が見ていることを気付かないくらい、書き物に熱中している。スラスラ書いていたかと思うと、しばらく考え込んだり、書いたものをまた消したり。授業を聞いている感じは無いので、何か関係ないことに熱中しているようだ。

 天然女子なので、依里が何か変わったことをやらかすのには慣れている。でも、これだけ熱中しているのは珍しい。依里が何を書いているのか、私は凄く気になった。



「依里、さっきの授業中に何を書いてたの?」


 休み時間になったので、早速聞いてみた。すると依里はギクッとして私を見る。


凛子りんこちゃん見てたの?」

「そりゃあ、あんなに必死に書いてたら、興味を覚えて見るわよ。何を書いてたの? 見せてよ」

「ダメ! 絶対にダメ!」


 依里は持っていたノートを体の後ろに隠した。

 何かおかしい。いつもなら何かしたら自分から見せに来るような性格しているのに、今回は凄く見せるのを嫌がっている。怪しいなあ……。


「あっ、分かった。私の悪口を書いたんでしょ」


 そんなことは有る筈無いと分かっているけど、わざとそう言ってみた。


「違う。私が凛子ちゃんの悪口書く筈ないでしょ」

「じゃあ見せてみなさいよ」

「ダメ! 絶対にダメ!」


 これだけ強情な依里も珍しい。


「じゃあ何のことを書いていたかだけでも教えてよ」


 私がそう言うと、依里は考えだした。私が言い出したら聞かないのを知っているからだろう。


「遺言を書いていたのよ」

「遺言?」

「さっきの時間、先生が言ってたでしょ『人間いつ死ぬか分からない』って。それを聞いて、いつ死んでも良いように遺言を書いておこうって思ったの」


 先生の言葉は聞いてなかったけど、それで遺言を書こうと思ったのは依里らしい。でもどうして私に見せたくないんだろう。


「遺言なら私に見せてくれても良いじゃない。もし誰にも見せないでいたら、依里が死んじゃった時に、誰も遺言に気付かなくて意味がなくなるかも知れないよ。私が知ってたら、ちゃんと遺言通りにするように言ってあげるよ」

「もー分かった。お昼休みに見せるから、私の前では読まないでね」

「うん、約束する」


 こうして依里の遺言をお昼休みに読ませて貰うこととなった。



 お昼休みになり、お弁当を食べた依里は、ノートを置いて教室を出て行った。依里が出て行ったのを確認して、私はノートを開いた。


「なになに……『お父さん、お母さん、お二人がこれを読んでいると言うことは、私は死んでしまったんですね……』」


 読み進めていくと、遺言は家族へのお別れの言葉や自分の持ち物を誰かにあげるということばかり。何だか普通過ぎて拍子抜けした。それに少し悲しい気分にもなった。なぜかと言うと、私に対することが少しも書かれていないからだ。依里にとって私はどうでも良い存在だったのかな。それを知られたくなくて、遺言を見せたくなかったのかな。

 そんなことを考えて読み進めると「最後に」と書かれたページになった。


(最後にお父さんとお母さんにお願いがあります。私の葬式は絶対にしないでください。凛子ちゃんに私が死んだことを知られたくないからです。

 私が死んだら、凛子ちゃんには『依里は遠くへ旅に出た』と伝えてください。絶対に死んだと教えないでくださいね。

 なぜなら、逆の立場で考えたからです。もし、凛子ちゃんが死んでしまったら、私はもう二度と会えなくなると思って、ずっと悲しみの中で一生過ごしていくでしょう。でも旅に出たのなら、ずっと会えなかったとしても、どこかで元気で暮らしている、いつかまた会える筈って我慢できるから。

 凛子ちゃんに悲しい思いをさせたくないんです。だから絶対に私が死んだことを伝えないでください。           依里)


 依里の遺言はここで終わっていた。


「ば、馬鹿ね……家が隣同士なのに、あんたが死んだこと分からない筈ないでしょ……依里はホント馬鹿なんだから……。あんたが死のうと旅に出ようと、二度と会えないのなら悲しいに決まってるでしょ……。寂しいに決まってるでしょ……。嘘ついても意味ないじゃない……」


 依里のノートの上に、私の涙が落ちる。私はボロボロ泣きながら、依里に文句を言っていた。


 ふと視線を感じて、教室の入り口を見ると依里が不安そうな表情でこっちを見ていた。


「依里!」

「凛子ちゃん!」


 私と依里はお互いに駆け寄って抱き合った。


「馬鹿! 死んだら許さないからね!」

「うん、凛子ちゃんを残して死なないよ! ずっと一緒にいようね!」


 何事かと驚く周囲を気にもせず、私たちは大泣きしながら抱き合っていた。

 傍から見ると、本当に人騒がせでおバカな二人だが、私たち二人は大真面目だった。後には黒歴史になるんだろうけどね。


※凛子&依里のJKコンビの詳細は「第11話 十月十一日はウィンクの日(オクトーバーウィンク)」と「第21話 十月二十一日はあかりの日」をお読みください。

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