第47話 十一月十六日は録音文化の日
日本記録メディア工業会が制定。
一八七八(明治十一)年のこの日、東京大学にお雇い外国人教師として招聘されたイギリスのジェームズ・ユーイングが、持参した蓄音機を使って日本初の録音・再生の実験を行った。
十一月十六日水曜日の早朝。俺は娘を助手席に乗せ、娘の通う高校まで車を走らせている。
娘の通う高校が家から遠い訳じゃない。ただそれぞれ短い距離だが、バス、電車、バスと乗り継ぎがあり、今日のような早朝に部活がある時は始発のバスでも間に合わないのだ。
駅までタクシーを使えば良いのだが、部活で使うのは贅沢だと俺が車で送ることにしている。だが、それは建前で、俺はこの学校までの短い間を、娘とコミュニケーションを取る貴重な時間と考えているのだ。
高校生の娘と言うのは、父親からすれば腫れ物のように扱いにくい。決して娘から嫌われている訳ではないとは思う。洗濯物を一緒に洗うなとか、お風呂の湯を入れ替えるだとかはされていないし。ただ会話がまるで弾まないのだ。
「部活は楽しいか?」
「楽しいよ」
俺が助手席の娘に話し掛けると、娘はスマホを見ながらそう返事をする。
「勉強はどうだ? 分からないことは無いか?」
「うん、別に」
俺の質問も悪いのかも知れんが、もうこれ以上は突っ込んで聞くなという雰囲気を感じてしまう。
俺は助けを求めるように、カーステレオのスイッチを入れラジオを流した。
(今日、十一月十六日は録音文化の日です。一八七八年のこの日……)
「録音か……昔は音楽一つでも録音するのが大変だったな……」
俺はラジオDJの話題に合わせて、独り言のように呟いた。
「録音が大変ってどういうこと?」
俺の独り言に反応して娘が聞いてくる。チラリと横目で見ると、スマホから目を離しこちらを見ていた。
「昔はサブスクもユーチューブも無かったから、音楽を聴くのはテレビかラジオがメインだったんだ。繰り返し聴きたいと思ったら、レコードをレンタルするか、テレビやラジオから録音するしか無かったんだよ」
「テレビから録音? 録画じゃないの?」
娘は興味を覚えたようで、続けて聞いてくる。
「まだビデオデッキも無かった時代だからな。ラジカセをテレビの前に置いて録音するんだよ」
「ラジカセは知ってるよ。アナログな音が好きで、今でもカセットテープで聴く人がいるみたいだね」
「そうなんだな。今は好きでカセットを聴く時代か。昔はそれしか無かったんだけどな」
「でもどうしてラジカセをテレビの前に置くの?」
「それなんだよ。昔は俺も知恵が無くて、テレビとラジカセをコードで繋げば良かったんだけど、知らなくてさ。テレビのスピーカーから出る音をラジカセで直接録音してたんだ。今で言うと、テレビの前にスマホを置いて録音する感じかな」
「ええっ! でもそれじゃあ他の音も入るんじゃないの?」
娘は驚いている。
「そう。だから録音中は会話禁止。息まで止めてたよ。でもそんな時に限って笑いだしそうになったりしてな。あと『隆司、ご飯が出来たよ!』って母さんが乱入して来たり」
「お婆ちゃんに! お父さん可哀想!」
娘は可哀想と言いつつ、楽しいでいるようだ。
「でもそうやって苦労して録音したから、何回も何回も凄く聴いていたよ。今でもあの頃のヒット曲は何も見ずに歌えるからな」
「へー凄いんだね。あっ、そう言えば、お父さんよく昔の歌を口ずさんでるね」
そんな話をしていると、学校に到着した。
「送ってくれてありがとう。昔の話、面白かったよ。また聞かせてね」
「おお、いつでも聞かせてあげるよ」
娘は手を振って、学校に入って行った。
いつ以来だろう。娘とこんなに楽しく会話が出来たのは。俺は凄く自分が癒されているのを感じた。
これからも昔の話を聞かせてやろう。ネタを探しとかないとな。
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