第48話 十一月十七日はドラフト記念日(月間ベスト作品)

 一九六五(昭和四十)年のこの日、第一回プロ野球新人選択会議(ドラフト会議)が開かれた。



 自宅のテレビの前で、俺はプロ野球のドラフト会議の中継を食い入るように観ている。


「終わったか……」


 全球団の全ての指名が終わり、最後まで山川やまかわの名前は呼ばれなかった。

 会議が終わった瞬間、俺は九十%以上のざまあみろと言うゲスな気持ちと、残り数%の山川を可哀想に思う気持ちとで複雑な心境だった。


 山川は同じ野球部の同級生。あいつが投手で俺が捕手。だがごく普通の高校生である俺に対し、山川はとてつもない素質を持っていた。

 入部してすぐ、部内であった体力測定で山川は非凡な数値を叩き出した。それを見た顧問の先生の目の色が変わる。その瞬間、俺を含む同級生の三年間の部活は山川の為に捧げることが決まった。

 投手で四番の山川を中心に、試合に勝てるオーダーを組んでいく。他の選手は打席に入ると、自分を殺して山川の前に少しでも多くの走者を進めることだけを考えた。

 捕手である俺は毎日手の平が赤く腫れあがるくらい、山川の球を受けさせられた。どんなに優れた投手でも、受ける捕手が居ないと宝の持ち腐れになるからだ。

 部員全員で山川に付いて行こうと、俺たちなりに頑張った。練習も常に山川中心であったが、それは仕方ないと割り切っていた。だが誰にも言ったことはないが、俺には一つだけ不満があった。それは山川が俺たちのことをどう思っているのか分からなかったことだ。

 山川自身も、自分が優遇されているのを分かっていた筈だ。だが山川の口から一度も俺たちに対して、感謝や申し訳ない気持ちを聞いたことが無い。山川は俺たちのことをどう思っているのか? ただの駒だと思っているのだろうか。三年間バッテリーを組んできたが、奴と心を通わすことは出来なかった。


 顧問の目論見はおおむね上手く行き、三年の夏の予選では順調に勝ち進んだ。確かに山川が居なくて、他の人間だけだったら、努力したとしても二、三回戦止まりだっただろう。だが、俺たちは決勝まで勝ち進めた。

 相手の強豪校も強く、決勝戦は接戦になった。

 最終回、相手の攻撃。俺たちは山川のタイムリーで上げた一点でリードしていた。

 疲れもあったのか、山川はツーアウトを取ったが、二、三塁にランナーを出してしまう。一打逆転のピンチだった。

 山川が最後の力を振り絞って投げた投球は、平凡なサードゴロとなった。ゲームセットと思った瞬間、打球を処理した三塁手の村田むらたがファーストに悪送球。ランナーが二人とも生還し、サヨナラ逆転負けしてしまった。

 山川は何も言わなかったが、明らかに不満げな態度で、試合が終わるとベンチシートにグラブを叩きつけた。村田が頭を下げて謝ったが、無視して引き上げてしまった。


 その試合を最後に、俺たちは部活を引退した。凄く後味の悪い引退だった。山川がいなければ、決勝までは勝ち進められなかっただろうけど、俺たちなりに充実した部活を送れたんじゃないか。そんなことを考えたりもしてしまった。



 夏が過ぎて秋になり、俺は受験に向けて勉強に励んでいた。そんな時に、山川がプロ野球のドラフト会議で指名されるかもと言う噂が校内で流れた。

 山川本人はイエスともノーとも言わない。言えない事情もあるのだろう。

 そんな中、ドラフト会議の日を迎えた。結果、どの球団も山川を指名しなかった。

 山川が指名されず、ざまあみろと思っている俺は奴の才能に嫉妬しているんだろうか? 山川がプロに行ったとしても、俺に損などない筈なのに、喜んでいる自分がいる。俺は自分が汚い卑怯者に思えて、もう山川のことを考えるのはやめにしようと考えた。


 俺がそう決めたのに、次の日、山川から二人っきりで会いたいと連絡が入った。バッテリーを組んでいた関係から、同級生の中では俺が一番親しかったからだろうか。だが、それでも引退以来学校以外で会ったことはない。なぜこのタイミングで会いたいのだろうか?

 俺は不思議だったが、待ち合わせをして会うことにした。


 待ち合わせ場所のスタバに行くと、すでに山川は待っていた。


「急に会いたいって、何の用なんだ?」


 俺はコーヒーを買って山川の前に座った。


「俺、昨日のドラフト会議で指名されなかったんだ」

「ああ、知ってるよ。俺も観ていたからな」


 俺がそう返事をすると、山川は黙りこくった。元々、山川は口数の多い奴ではない。付き合いも悪いので、親しい奴もいないのだ。


「残念だったな」


 俺は心にもないことを、社交辞令で言った。


「俺ってみんなから嫌われてたのかな?」

「えっ?」


 山川が聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。


「ドラフト会議の後、誰からも連絡が入ってないんだ」


 俺も連絡していないから、みんなの気持ちも分かる。なんと言ったら良いのか分からないのだ。


「引退後は誰かと連絡を取っていたのか?」

「あっ……いや……」

「じゃあ、仕方ないんじゃないの」


 俺がそう言うと、山川は下を向いてしまう。


「俺……友達がいないんだよ……小さい頃から野球ばっかりやってたからな。友達が欲しくて、強豪校を蹴って普通の高校に来たのに……何が悪かったんだろう……」


 下を向いて呟く山川を見ていると、俺の中にあった数%の山川を可哀想だと思う気持ちが大きくなってきた。

 山川も入学して以来、ずっと努力してきたことは、バッテリーを組んでいた俺が一番よく知っている。山川が仲間の輪に入れなかった原因の一つは俺かも知れない。反感が邪魔して山川を素直な目で見れず、壁を作っていたんだ。


「村田に謝りに行こうか」

「えっ?」

「決勝戦でミスして村田が謝っていたのに無視しただろ。あいつも傷付いていたと思うよ」

「俺、あの時悔し過ぎて、許すことが出来なかったんだ……」

「だから謝りに行こう。俺も一緒に行くから」

「えっ、良いのか?」


 山川は意外そうな顔をする。


「俺もお前とバッテリー組んでた責任があるからな」

「ありがとう。俺、村田に謝りに行くよ」


 その時、俺は初めて山川の笑顔を見た気がした。


 俺達は一緒に汗を流してきた期間には分かり合えなかったけど、これからでもまだまだ取り返せるさ。俺がそのかなめになってやる。

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