第31話 十月三十一日はハロウィンの日
キリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭。
古代ヨーロッパの原住民ケルト族の収穫感謝祭がキリスト教に取り入れられ、現在のハロウィンになったとされている。ケルト族の一年の終わりは十月三十一日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚火を焚いた。
これに因み、三十一日の夜、南瓜をくり貫いて作ったジャック・オー・ランタン(お化けカボチャ)に蝋燭を立て、魔女やお化けに仮装した子供達が「Trick or Treat(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)」と唱えて近くの家を一軒ずつ訪ねる。家庭では、カボチャの菓子を作り、子供達はもらったお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティーを開いたりする。
私はママ友から来たラインメッセージを読んで、「ハアー」とため息を吐いた。
「どうしたの? 深刻そうな顔して」
お風呂から上がって来た夫が、私を見て心配そうに訊ねてくる。
「これ見てよ」
私はスマホの画面を夫に向ける。
「ハロウィンパーティーのお誘いか。陽菜(ひな)が喜びそうだな」
「あなたは気楽で良いわね。ハロウィンパーティーなのよ」
「うん、それは分かってるよ。楽しそうじゃないか」
呑気に返事をする夫に少し腹が立った。
「あのねえ、ハロウィンパーティーって言ったら、コスプレしなきゃいけないのよ。それを準備するのは私でしょ。憂鬱にもなるわよ」
「ああ、そういうことか」
夫は自分のスマホを取って来て、何やら操作しだす。
「ほら、こんなのもあるよ」
夫はネット通販サイトでハロウィンコスプレと検索した画面を私に見せる。
「うん、それは知ってるんだけどね。実はこの奥さんは専業で凄くマメなの。今回のパーティーも自宅の準備は全て自分でやってくれるほど頑張ってくれるのは良いんだけど、娘のコスプレも素人レベルじゃないのよ。去年は同じクラスじゃ無かったから招待されてないけど、行った人から聞いた話では凄かったみたい。こんな既製品じゃ陽菜がみじめになるんじゃないかと思って……」
私の悩みはまさにここだった。
年々ハロウィンは盛り上がりを見せていて、そのメインはコスプレにある。小学三年生の友達同士のパーティーと言えども、みんなそれなりのコスプレをして参加するのだ。
「でもそんな人と張り合っても仕方ないだろ。出来る範囲でやるしかないよ」
確かに夫の言う通り。うちは共働きで、私は正社員で働いている。夫は家事も育児も協力的で何も不満は無い。でも時間の掛かる家事は、休日に二人でまとめてやるしかなく、とてもハロウィンのコスプレを作っている時間はなかった。
「うちは共働きなんだからさ」
夫は少し皮肉のこもった口調でそう言った。
夫は私が働くのを良く思ってはいない。子供が出来たら専業主婦になって貰いたかったようだ。
確かに贅沢しなければ夫の給料だけで生活することも出来る。でも今の時代、貯えのないギリギリの生活をするのは不安があった。それに夫程の年収は無いが、私自身が今の仕事が好きで働き続けたかったのだ。
「うん、そうよね……。分かった。明日、陽菜と相談して注文するわ」
「そうだね。それが良いよ」
私は夫の提案に乗ることにした。実際悩んでみても、それしか手が無かったのだ。
ハロウィン当日、私は仕事をしていても落ち着かなかった。
陽菜はパーティーで楽しく過ごしているだろうか。救いは陽菜自身がコスプレを気に入っていたこと。でも、友達と並んでみたら、手製のコスプレとは差が出るんだろうな。
今日は仕事中もずっとそんなことばかり考えていた。
夫はどうなんだろうか? 今朝の夫はパーティーのことで陽菜と楽しそうに話をしていた。とても私と同じような心配をしているとは思えない。
私は理不尽な気持ちになった。共働きをしていても、やはり母親はこういう心配をしなきゃいけないのだろうかと。
やめよう。夫が悪い訳じゃない。むしろ有難いくらい頑張っている。お互いが出来ることをして家庭を維持していくしかないんだ。
仕事が終わり、私はマンションに向かっている。夫から、今日は早く帰れるから、ハロウィン用のご馳走を買って帰るとラインが入っていた。
マンションに着き、ドアの前で私は深呼吸した。気持ちを落ち着かせ、覚悟を決めてドアを開ける。
「ただいま!」
「ママお帰りー!」
陽菜が奥から、パーティーで着たアニメキャラのコスプレのままで、嬉しそうに出迎えてくれた。
「ハロウィンパーティーは楽しかった?」
陽菜の笑顔を見て確信はしていたが、直接本人から聞きたかった。
「うん、みんないろいろなコスプレしていて楽しかったよ! あとで写真を見てね!」
私は心からホッとした。
「お帰り。陽菜はママにコスプレを見せたいって、ずっとこれを着て待ってたんだよ」
夫も奥から出てきて教えてくれた。
「ママ、いつもお仕事頑張ってくれてありがとう。そして陽菜の学校のことや、いろんなことをやってくれてありがとう」
陽菜はそう言って私に抱き着いてきた。
「陽菜……」
思いもよらず、陽菜から感謝されて、私は泣きそうになった。
陽菜の後ろで夫が笑っている。陽菜が急にこんなこと言い出したのは、夫の入れ知恵もあったのかも知れない。
でもそんなことはどうでも良かった。こんなに優しい二人を家族に持てて、私は本当に幸せ者だと感じたから。
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