2022年11月
第32話 十一月一日は犬の日
ペットフード工業会等6団体が一九八七(昭和六十二)年に制定。
犬の鳴き声「ワン(一)ワン(一)ワン(一)」の語呂合せ。
犬についての知識を身につけ、犬をかわいがる日。
私は今年で十二歳になる柴犬だ。今は一人暮らしをしているお爺さんの家で飼われている。
私が生まれて物心付いた時には、すでにこの家で飼われていた。当時、この家にはお爺さんとお婆さんが住んでいて、すでに二人は老人と呼ばれるような歳になっていた。
二人は私を凄く可愛がってくれた。お爺さんは私に犬小屋を作ってくれたし、お婆さんは毎日美味しい食事を作ってくれた。毎日散歩にも連れて行ってくれて、一緒に遊んでもくれた。体調が優れない時は動物病院に連れて行ってくれた。
私は二人のことが大好きで、愛情をいっぱい受けて成長していった。
でもそんな幸せな日々は、長くは続かなかった。私が五歳になった時に、お婆さんが死んでしまったのだ。
一人になったお爺さんは目に見えて寂しそうだった。私は外で飼われていたのに、お婆さんが死んでからは家の中で住むようになった。
お爺さんはよくこんなことを言っていた。
「太郎、お前は俺より先に死ぬなよ。いや、でも俺が先に死ねば、お前にエサをやる人がいなくなるか……。一緒に死ねれば良いんだがな……」
私にはお爺さんが何を言っているのかは分からない。でもそんな時のお爺さんは凄く寂しそうに見える。だからそういう時はお爺さんの顔を舐めた。私はずっとお爺さんと一緒にいるよという思いを込めて顔を舐めた。
お婆さんが死んでしばらく経つと、お爺さんと私、二人だけの生活にも慣れてくた。裕福では無かったんだろうけど、お爺さんはちゃんと私の世話をしてくれた。
時々、お爺さんは私を外に待たせて、ある建物に入って行く。そこに行った日は食事も豪華になり、お爺さんも楽しそうだった。恐らく、お爺さんが何かを買う時に使う紙や金属の物をそこで貰っているんだろうと、私は思っていた。
私がお爺さんの家に来てから十二年が経った。最近ではお爺さんより私の方が老いを感じる時があり、お爺さんに心配される始末だ。恩返しもしていないのに、逆に恩が溜まっていくばかりだった。
私は最近気になることがあった。お爺さんが例の建物から出て来た時に、何回か特定のある人間の匂いを感じたのだ。動物の本能なのか、その匂いを嗅ぐと不安を覚えた。何も無ければ良いんだが。
今日もあの建物の前で待っていると、例の人間の匂いを感じた。お爺さんが出て来て、散歩の続きを始めると、今日に限ってその匂いが付いてくる。私の中でますます不安が大きくなった。
お爺さんと二人で散歩し続けていても、その匂いは一定の距離を保って付いてくる。後を付けているとしか思えない。
お爺さんがいつもの通り、公園の中に入ろうとしたその時、匂いは一気に近づいて来た。
「ワンワンワン!」
気付いた私は男に向かって吠えた。だが、近付いて来た男は、お爺さんがリードを持つ手と反対側の手で持っていた鞄を引ったくろうとした。
お爺さんが鞄を引ったくられまいと、リードを離して両手で鞄を掴む。
自由になった私は、鞄を引ったくろうする男の腕に嚙みついた。
「痛っ!」
男は悲鳴を上げて腕を振り、私は振り落とされる。
「こいつ!」
男は怒りに満ちた表情で私の腹を蹴り上げた。
「やめんか!」
お爺さんが男に向かって叫ぶ。
騒ぎを聞きつけた人たちが集まって来たので、男は慌てて逃げ出した。
「太郎、大丈夫か? 痛かったか?」
お爺さんは横たわっている私を抱きしめてくれた。
これで少しは恩返しできたんだろうか? でもこのまま死んだらお爺さんはどうなるんだろう。独りぼっちで寂しくなるんだろうか?
幸い、私はその場にいた人が車で動物病院に運んでくれたお陰で、一命を取りとめた。
「良かった。お前が助かったことがなにより嬉しいよ。これからも一日でも長く生きてくれよ」
相変わらず、お爺さんの言葉は分からない。でも、優しい気持ちは伝わって来た。
これからもお爺さんと一緒に暮らしていける。生きていて良かったと、私は心から思った。
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