第65話 十二月四日はプロポーズで愛溢れる未来を創る日

 大阪府大阪市でジュエリーの販売などを手がけ「ジュエリーは形のある愛」をコンセプトに掲げる有限会社オゥドゥビッシュが制定。

 同社はプロポーズは二人で創る未来を表現する機会であり、パートナーがいることの喜びを感じるきっかけと位置づけており、プロポーズを通じて多くの人が愛のある人生を送り、愛に溢れた世の中にするのが目的。

 日付は十二と四で「いつも(一)二人(二)幸せ(四)」と読む語呂合わせから。



 夫とリビングでテレビドラマを観ていたら、プロポーズのシーンが出てきた。数々の困難を乗り越え、結ばれる二人は感動的だ。正直、プロポーズされているヒロインを観ていると羨ましいと思った。だって私はプロポーズされていないから。

 私と夫は結婚して二年。大きな喧嘩もしたことないし、そろそろ子供も欲しいと話し合っているぐらい仲が良い。特に不満は無いのだが、こうやってプロポーズのシーンを観ていると羨ましいと思ってしまった。

 私たちの結婚はどういう経緯で進んで行ったんだっけ? 記憶をたどってみると、それはデート中にいきなり夫が言った一言からだった。


「婚約指輪や結婚式はどうする? 来週末にでも見に行くか?」


 当時は付き合いだして三年。すでにお互いの両親には何度も二人で会いに行ってたし、周りは結婚すると思っていただろう。私もそう思っていたし、夫もそうだったと思う。だけど、夫の口からいきなり指輪や結婚式の話が出てきたのは驚いた。まずプロポーズがあってから、話が動き出すと思っていたからだ。


「あっ、いや私は指輪や式は出来るだけしたくないの。そんなことにお金を使うなら、住むところや家具などを良い物にしたいの」


 いきなり指輪や式の話をされたのに驚いたが、まずは自分の意見を言わないと、と思って話を合わせた。


「そうか……式は俺達だけじゃ決められないな。お互いの両親の意見も聞かないと。週末はお互いの両親に挨拶に行こうか。今更どちらも驚かないだろうしな」


 当たり前のようにどんどん話を進める夫に、プロポーズのことを言い出すタイミングを失い、私は「そうだね」と同意してしまった。

 それからの展開は早かった。もう周りも含めて結婚の合意は出来ているから、あとはどう進めるかだけ。結局、式や指輪は最低限で、その分、家具などは良い物を揃えた。夫はお金の許す範囲で、私の希望通り進めてくれた。結婚生活を始める頃にはプロポーズのことなど忘れてしまってたぐらい、理想のスタートとなった。

 だが、今テレビドラマを観て、私はプロポーズが無かったことを思い出してしまった。こうやって思い出してしまうと、やっぱりプロポーズが無かったのは寂しい。


「良いな。プロポーズして貰って」

「えっ?」


 私が思わずつぶやいた言葉を聞き、夫は驚いてこっちを見る。


「あっ、今更よね。ゴメン、別に不満が……」

「プロポーズしただろ」

「ええっ?!」


 今度は私の方が、夫の言葉に驚いた。


「プロポーズして貰って無いでしょ?」

「したじゃないか、ほら、あの旅行の時に」


 そう言えば、夫が結婚話を切り出す直前に、私達は初めて二人で旅行をしていた。でも、いくら考えても、あの旅行でプロポーズはされていない。


「あの旅行でいつプロポーズしてくれたのよ」

「ほら、夜に布団の中で。俺が結婚してくれって言ったら、分かったって言ってくれただろ」


 全然覚えていない。私は半分寝ている状態でもある程度会話の受け答えをして、翌日には全て忘れてしまうことがある。それは夫も知っている筈なのに。


「その時、私は寝てたんじゃないの? 私が寝惚けて会話するの知っているでしょ?」

「それは……でも、かなりハッキリ良いよって言ってくれたんだよ」

「もう、そんなタイミングでプロポーズしなくても良いでしょ!」

「一緒に布団に入ってたら、幸せな気分になったから言ったんだよ!」


 私たちは言い合いになり、喧嘩してしまった。



 プロポーズの件で喧嘩してから三日後。私たちの喧嘩は、冷戦状態になってまだ続いていた。

 今日は私の方が先に帰宅したので、料理を作って待っている。さっき、連絡が有ったので、もうすぐ夫は帰って来るだろう。

 正直、今更プロポーズのことを持ち出して、喧嘩になったのは私の方が悪いと思っている。夫が帰って来たら謝ろう。


「ただいま」


 夫が帰って来たので、謝ろうと玄関まで迎えに行った。


「お帰り、あの、プロポーズのことだけど……」

「ああ、プロポーズね。これを聴いてよ」


 夫はそう言うと、スマホを取り出し録音していた音を聴かせてくる。


(一生大事にします! 俺と結婚してください)

(うーん、結婚でもなんでもしてあげるよお……)


 夫の声に続いて、私の寝惚けた声が聞こえてきた。


「三日間粘ってようやく昨日上手く録れたんだよ。寝惚けてた時にプロポーズしたのは悪かった。これで許してくれない?」


 私の我儘に応えて、わざわざ録音してくれたのか。


「私の方こそ、結婚前のこと持ち出してごめんね。プロポーズは本当に嬉しいよ。ありがとう」


 私は夫に抱き着いた。


「あなたと結婚して良かった」


 私は心からそう思った。

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