第66話 十二月五日はアルバムの日

 フエルアルバムをはじめとして、製本、シュレッダーなど情報整理製品の総合企業であるナカバヤシ株式会社が制定。

 日付は一年最後の月の十二月はその年の思い出をアルバムにまとめる月。そして「いつか時間が出来たら」「いつか子どもが大きくなったら」「いつか・・・」と後回しにされることなくアルバムづくりをしてもらいたいとの願いを込めて、その五日(いつか)を記念日としたもの。



 土曜の深夜。俺はリビングで娘、紗耶香の子供の頃のアルバムを取り出して、懐かしい思いで見ている。

 明日は紗耶香の結婚式だ。朝、この家を出れば、紗耶香はもう自分の家庭を持つことになる。

 二十七年なんてあっと言う間だった。俺のひざの上に乗って甘えていたのが、つい昨日のことのようだ。そんなことを考えながらアルバムのページをめくっていくと、思わず涙が溢れてくる。


「お父さん、こんな夜中にどうしたの?」


 急に紗耶香がリビングに顔を出し、俺は慌ててアルバムを閉じて涙を拭う。


「お前こそ、明日は大事な日なのに、早く寝ないと酷い顔になるぞ」

「そうなんだけどね。緊張してるのかな。なかなか寝付けなくて……あっ、それ私のアルバム」


 紗耶香は俺の見ていたアルバムを見つけ、俺の横に座ってページを開く。


「懐かしー、お父さん私のアルバム見ていたのね」

「うん……まあな」


 俺は気恥ずかしさを覚え、言葉を濁した。


「あなた達まだ寝ないの?」


 今度は妻まで起きて来た。


「今、私の子供の頃のアルバムを見ているのよ」

「へー、どのアルバム?」


 妻は紗耶香の横に座り、一緒に見始める。楽し気に笑いながらアルバムを見ている二人を見て、もうこんな姿は滅多に見られないんだなと、また感傷的な気持ちになった。

 そうだ、あの話を今するべきじゃないか。

 俺は紗耶香に言おうと思いながら、言うタイミングを逃してしまった言葉がある。言うと呆れられたり、怒らせたりするかと思って、伸ばし伸ばしになっていたのだ。


「あの、紗耶香」

「ん、何?」


 俺に呼ばれて、紗耶香が顔を上げてこっちを見る。


「あの……最近は結婚してから豹変する奴がいるとか聞いたことがあるんだ。DVやモラハラとかもあるらしい」

「なにが言いたいのよ、あなた?」


 妻が口を挟んでくる。


「だから、あれだ。もし、辛いことが有ったとしたら、いつでも帰って来て良いんだからな。結婚してもここはお前の家なんだ。いつでも逃げて来て良いんだからな。お父さんとお母さんは、どんなことが有っても紗耶香の味方だ。それは絶対に忘れないでくれ」


 俺が一気に話す間、紗耶香と妻は黙って聞いていた。結婚前に縁起でもないとか、あの人はDVとかモラハラする人じゃないとか、怒られるのかと思っていたが、ずっと真剣に聞いてくれた。


「ありがとう。お父さん」


 紗耶香は笑顔でそう言ってくれた。


「お父さんの言う通りよ。困ったことがあれば、いつでも相談してね」

「うん、ありがとう、お母さん」


 そう言ってくれた紗耶香は、素直で可愛い、アルバムの中の少女と変わらぬ紗耶香だった。


「そうだ。今日は二人の間で寝かせてよ。三人で川の字になって寝ようよ」


 紗耶香の突然の申し出に、俺と妻は驚いて顔を見合わせた。


「ああ、そうしようか」


 俺は素直に紗耶香の申し出を受けることにした。


「それじゃあ、布団を用意するわね」


 妻も同意してくれた。

 紗耶香がこの家の娘で居られる最後の夜。俺たちはその時間を惜しむように、仲良く三人並んで眠りについた。

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