第67話 十二月六日は姉の日(月間ベスト作品)
漫画家で姉妹型研究家の畑田国男が一九九二(平成四)年に提唱。
「妹の日」の三箇月後であることと、この日が祝日の聖ニコラウスにまつわる三姉妹伝説から。
我が家は今、非常事態が発生中だ。
三か月前、私と弟の
「実は、お姉ちゃん付き合っている人が居て、結婚したいと思っているの。それで、二人の気持ちを聞きたいと思って……」
「ええっ!」
洋介は驚いていたが、私は薄々そうじゃないかと感じていた。だって最近のお姉ちゃんは凄く綺麗になったから。
お姉ちゃんは元々美人なのに、今まで彼氏を作ったことが無い。きっと家のことが大変でそれどころじゃ無かったんだろう。
うちにはお母さんが居ない。十年前に病気で死んでしまったのだ。当時お姉ちゃんは、今の私と同じ十七歳。私が七歳で洋介が六歳。お父さんは真面目に働くし、優しい良い父親だとは思うが、家のことは全てお母さん任せで、何も分からず頼りなかった。
お姉ちゃんは「家のことは私が全て引き受けるから、お父さんは気落ちせずに仕事頑張って」とお父さんに言ったらしい。それ以降、お姉ちゃんは、高校生でありながら、この家の主婦になった。
まだ母親が恋しい、私や洋介の世話をするのは大変だったと思う。一度「お姉ちゃんは私たちの母親代わりをしてくれて、辛くなかったの?」と聞いたことがある。お姉ちゃんは「私はあなた達より十年長くお母さんに愛して貰ったから。だから、私がお母さんに与えて貰った愛情を、あなた達に与えるのは当然なのよ」と笑ってくれた。
お母さんが死んで十年間、お姉ちゃんは母親代わりをしてくれた。もう十分に母の愛情を与えて貰った筈だ。
「私は賛成する。お姉ちゃんに幸せになって欲しいから」
私は迷いなくそう言った。
「俺は……」
洋介は言葉の続きが出て来ない。洋介はシスコンだから、お姉ちゃんの結婚に賛成したくないのだろう。いや、洋介だけじゃない。私もお姉ちゃんが大好きなシスコンだ。でも、だらこそ、お姉ちゃんの結婚を笑顔で賛成すべきなんだ。
「俺も賛成する。
洋介も寂しさを乗り越えて、そう言ってくれた。
「二人ともありがとう。でも……」
「大丈夫、家のことは任せて。私と洋介で頑張るから」
お姉ちゃんの言いたいことは分かっているので、私は言葉を遮ってそう言った。
「ええっ、俺も?」
「当たり前でしょ。二人で頑張るのよ。お姉ちゃん、結婚するまでに私達に家事を教えて」
「二人ともありがとう。本当にありがとう」
お姉ちゃんは私達二人ともハグしてくれた。
こうして我が家の緊急事態が始まった。
数日後、お姉ちゃんの恋人、金沢さんが結婚の許可を貰いに、我が家にやって来た。金沢さんはお姉ちゃんの会社の先輩で、誠実そうで爽やかな好青年。お姉ちゃんとお似合いだと私は思った。私を始め、お父さんも洋介も、お姉ちゃんの結婚に大賛成だった。
家事の分担で、私は料理と洗濯物を干すまでを担当している。お姉ちゃんと一緒にキッチンに立ち、料理を教えて貰うのは本当に幸せなひと時だ。洋介も一生懸命家事を覚えようと頑張っている。我が家の緊急事態も峠を越えて、なんとか収まりそうだ。
結婚式を明日に控えた日。お姉ちゃんは家族の前で別れの挨拶をしてくれた。お父さんは号泣。でも私と洋介は笑顔で今までのお礼を言った。私達が泣かなかったのには理由がある。お姉ちゃんを結婚式で驚かせてあげようと計画していたのだ。
結婚式の日になった。メイクをしてもらってウエディングドレスを着たお姉ちゃんは、今まで見た誰よりも綺麗だった。あまりに誇らしかったので、私は何度も並んで写真を撮ってもらった。
結婚式、披露宴がみんなの笑顔に包まれて進んで行く。友達や会社の人のスピーチなどもあり、たくさんの人がお姉ちゃんの結婚を喜んでくれて嬉しかった。
披露宴も終盤になった。いよいよ私と洋介のサプライズコーナーの時間だ。
私と洋介が紹介されると、お姉ちゃんは驚いた顔を見せる。私達は金沢さんに頼んで、お姉ちゃんへの感謝の気持ちを伝える場を用意してもらっていたのだ。
私は洋介と一緒にマイクの前に立った。何日も前から二人で一生懸命考えて書いた手紙を広げる。読み上げるのは私の担当だ。
「お姉ちゃん、金沢さん、ご結婚おめでとうございます。私と洋介は、お二人の新たな門出を心からお祝いしています。
十年前、私達一家は大きな不幸に見舞われました。お母さんが病気で亡くなってしまったんです。幼くて何も出来ない私や洋介、妻を亡くして戸惑うお父さん。そんな私達を支えてくれたのはお姉ちゃんでした。
あれからのお姉ちゃんは、姉であり、母であり、先生でもありました。今、私は当時のお姉ちゃんと同じ年齢ですが、同じことを出来る気がしません。尊敬する人は誰かと聞かれたら、私は迷わずお姉ちゃんの名前を挙げるくらいです」
この後も思い出のエピソードを交えながら、お姉ちゃんの優しさや強さを伝えていく。でもスピーチを続けていくうちに、私の中で、ある感情が大きくなってきた。抑えようとしても、その感情はドンドン大きくなってくる。
「お姉ちゃんは……」
とうとうその感情を抑え切れなくなり、私は言葉が出なくなった。
「どうしたんだよ」
洋介が焦って、急かすように小声で聞いてくる。
「……ホントはお姉ちゃんに結婚して欲しくない……ずっと傍に居て、一緒に暮らして行きたい……お姉ちゃんの居ない生活なんて考えられないんです……」
とうとう抑えきれなくなって、私は涙と共に感情を吐き出してしまった。
「
洋介が心配そうに呟く。聞いていた人もざわつき始めた。
「でも、私は同じくらい強い気持ちで、お姉ちゃんに幸せになって欲しいと願っています。
私は知っています。お姉ちゃんは世界一可愛くて綺麗なお嫁さんになるでしょう。世界一優しいお母さんになるでしょう。だから、結婚すれば必ず幸せになります」
私はお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんも真っ直ぐに私を見つめている。
「お姉ちゃん! 家のことは私と洋介とお父さんで頑張ります! だから……だから結婚して幸せになってください! 離れていても、私はお姉ちゃんのことが大好きです! お姉ちゃんの幸せを誰よりも願っています!」
最後は涙が溢れて、言葉も聞き取り辛かったかも知れないけど、私は気持ちの全てを出し切った。
「唯姉はズルいよ。どうして『私たち』って言ってくれなかったんだ? 俺だって同じ気持ちだったのに」
「ごめん」
式が終わった後に、洋介から責められた。もう素直に謝るしかなかった。
「二人ともありがとう。お姉ちゃん、本当に嬉しかったわ。新居に遊びに来てね」
お姉ちゃんはそう言って、金沢さんと新婚旅行に旅立って行った。
私には楽しみにしていることがある。お姉ちゃんに子供が出来て、話が出来るようになったら、あなたのお母さんから私達がどれだけの愛情を与えて貰ったか、そのお陰でどれほど幸せだったか、教えてあげようと思っている。
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