第168話 三月十七日は漫画週刊誌の日

 一九五九(昭和三十四)年のこの日、日本初の少年向け週刊誌『少年マガジン』『少年サンデー』が発刊された。

 当時は読み物が中心で、漫画は少ししか載ってなかった。



 壁に向かって事務机が二つ並んでいるだけの小さな一室に、若い男が二人で暇そうにしている。

 一人はスリムなチノパンツに白いシャツを着た、眼鏡の優男。もう一人は黒のデニムに黒のロングTシャツを着た髭面の男。髭面は椅子の背もたれに体をあずけて暇そうにスマホを触っている。優男は机の上にコミック本を積み上げ、その中の一冊を読んでいた。


「珍しいな漫画を読むなんて」


 スマホにも飽きた髭面が、優男に話し掛ける。


「これも小説の参考にするんだよ。エンターテインメントは漫画が優れているからな。友情、努力、勝利。王道の漫画には大衆受けする要素が詰まっているんだ」


 優男は趣味で小説サイトに作品を投稿している。今は作品の参考にする為に漫画を読んでいるのだ。


「なるほどね。でも結構昔の作品を読んでいるんだな」


 髭面は机の上のコミック本を手に取りパラパラとページをめくる。


「昔の方が名作が多いからな。実際今でも根強い人気作もあるんだから、王道作品は一時的なブーム作品とは違うよ」

「だけど、昔の作品って結構設定がいい加減な作品も多いからな。バトル物とか、敵がどんどん強くなってインフレ起こしちゃって、最初の敵がショボくなっちゃうとかあるから」

「まあ、あまりヒットしてない作品にはそんなのも有るかもね」

「大ヒット作でもそうだよ。例えば『北斗の拳』のラオウとか。最初登場した時には、南斗の将の一人であるレイを馬に乗ったまま一撃で倒したのに、後になって南斗の将より格下の存在である五車星相手にピンチになったりしてたよ」

「まあ、まあ、そう言うのはあるよ。仕方ない。そう、敵の強さのインフレは仕方ないよ。だんだん相手を強くしなきゃ、主人公たちと戦っても緊迫感を作れないからな。それよりも、少年漫画の王道には敵だったキャラが頼もしい味方になるって熱い展開があるんだよ」


 優男は意地になって、めっちゃ早口で少年漫画の良さを訴える。


「その敵が頼れる味方になるって言うのもなあ……。例えば『ドラゴンボール』のピッコロなんて、何回出て来ても新しい敵キャラのかませ犬で、簡単に倒されちゃうからな。とても頼れるキャラって訳じゃ無いよね」


 髭面が現在でも人気を誇る、超ヒット作を容赦なく批判する。


「そりゃまあ、最終的には主人公が敵キャラを倒さないといけないんだから、そうなっちゃうよ。ピッコロがセル倒しちゃたら、悟空拗ねるだろ! でもあのピッコロやベジータが仲間になってくれたんだぜ。確かにかませ犬かも知れないけど、ワクワクするだろ!」

「そうかなあ……」


 優男がキレ気味に反論するが、髭面は納得してない表情だ。


「王道少年漫画にはまだ見所があるんだよ。それは修行によって強くなるところ。努力が報われて強くなる。人生訓にもなる、子供達に是非見せたい展開だな」

「それ、最近は流行ってないよね。今は努力せずチート能力で何でも解決するって言うのが王道だろ? 努力なんて面倒なことをせず、手っ取り早く神様とかに超越的な能力貰って無双するのが良いって風潮だな」

「それが日本のエンタメを駄目にしてるんだよ! 続編でも無いのに、同じような作品ばっかで読む気せんわ!」


 優男は立ち上がって、髭面に掴みかからんばかりに怒鳴る。


「いや、ちょっと落ち着けよ」


 髭面はちょっと引き気味に、苦笑いを浮かべて優男をなだめる。


「ホント、最近の異世界転生物の氾濫はなんとかならんのか? あと悪役令嬢やざまあ物とか。あんなので人気が出ても嬉しいのかね? テンプレなんだから誰でも書けるよね? あんな作品に作家としてのアイデンティティってやつはあるのか?」


 優男は興奮して続けざまに愚痴をこぼす。


「まあ、でも一度今の流行り物を書いてみたらどうだ? 誰でも書けるって思うなら、一度書いてみて、それを証明してみたらお前の言葉にも説得力が出ると思うぞ」

「……書いたことあるんだよ……」


 優男は小さな声でぼそりと言った。


「えっ? 何て言ったの?」


 小さな声だったので、髭面は聞き取れなかったようだ。


「書いたことあるんだよ! でも中途半端な人気しか出なかったんだ……異世界ものなんて、一度も読んだこと無かったから無謀だったんだよな……」

「そっか……なんかゴメン」


 二人の間に気まずい空気が流れる。


「まああれだ。結局自分が好きな物書くのが一番良いんじゃね? まず自分が面白いと思えなければ、読者は面白いとは思わないだろ?」


 髭面は優男を慰めようと、肩に手を置いてそう言った。


「そうだよな。だから俺は少年漫画の王道作品のような小説を書く! きっと面白いと思ってくれる人は居るだろう。たとえそれがたった一人の読者であっても俺は書き続けるぞ!」


 優男は拳を握りしめて上を向く。


「そうその意気だよ! あと本業の地球を守ることも忘れないでくれよな!」


 そう実はこの二人、天変地異から地球を守る為に遠い星からやって来た異星人なのだ。(『第九十一話 十二月三十日は地下鉄記念日』と『第一〇四話 一月十二日はいいねの日』を参照)

 頑張れ優男! 大作家目指して、自分の信じた道を行くんだ! 後、地球の安全も任せたぞ! 

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