第169話 三月十八日は精霊の日
柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の三人の忌日がこの日であると伝えられていることから。
ここで言う精霊とは「しょうりょう」と読み、死者の霊魂のことを言う。
「初めて依里の家に行けるの楽しみ!」
私は今、学校帰りに凛子と依里と一緒に、依里の家に向かっている。私は初めて依里の家に行くのでテンションが上がっていた。
「呑気なこと言ってるけど、依里の部屋には幽霊が出るのよ」
「凛子ちゃん、幽霊って失礼だよ。レイコさんって名前なのよ」
「今日はそのレイコさんのことで相談があるんでしょ?」
今日みんなで依里の家に向かっているのは、その幽霊のことで相談に乗って欲しいと言われたからだ。
「そう、レイコさんは記憶を失くしているから、成仏の仕方が分からないのよ。みんなで考えてあげたいと思ってね」
「記憶を失っているのに、レイコって名前は分かってるんだ」
私は不思議に感じたので、そう聞いた。
「ううん、幽霊のレイで霊子さん」
「依里も十分失礼だよ!」
凛子が依里に突っ込みを入れる。そんないつもの調子で話をしているうちに、依里の家に着いた。
「初めまして。霊子です」
依里の部屋に入ると、長い髪の青白い顔した二十歳前後の女性が私達を待っていた。こうやって幽霊から自己紹介されたのは初めてなので、怖いと言うより現実感が無かった。
「あっ、はい、霧島凛子です……」
「初めまして、高花麗美です」
私と凛子は戸惑いながらも、頭を下げて自己紹介する。
「私は桜田依里です!」
「依里さんは存じ上げております……」
幽霊にまで突っ込まれる依里。
とりあえず挨拶も終わったので、ローテーブルに向かい合って座り、相談し始めた。
「それで霊子さんは成仏したいんですよね? 何かこの世に未練があるんですか?」
私は手掛かりを探す為に、霊子さんに質問する。
「それが全く記憶が無くなっているもので……何か未練があるのかどうかさえ分からないのです……」
「どうして死んでしまったのか、理由も分からないんですか?」
今度は凛子が霊子さんに質問する。
「それも記憶が……」
「すみません、ちょっと腕を見せて貰えますか?」
「はい……」
霊子さんは両腕を私に差し出す。腕に傷は無く綺麗だった。
「一応リスカの痕は無いね。生前の状態がそのまま出るかは分からないけど、自殺では無いのかも。もしかしたら病死かな。事故なら何か体に出て来る可能性があるから」
「やめてよ麗美。事故の体を想像しちゃったじゃないの」
案外臆病な凛子が文句を言って来る。
「どうして、依里の部屋に出て来たか、分かりますか?」
私は続けて質問する。
「麗美ちゃんカッコイイ。名探偵みたいね」
依里がまた緊張感が薄れることを言う。
「気が付いたらこの部屋に居ました。それ以前の記憶が無いので、なぜこの部屋だったか分からないのです」
「そうか……この部屋からは出られるんですか?」
「いえ、それがこの部屋以外には、どこにも行けないんです」
「と言うことは、この部屋に秘密があるかもね……」
少し何かが掴めそうな気がしてきた。
「もしかしたら、依里に恋しちゃったとか?」
「それは無いです」
霊子さんは凛子の言葉をキッパリと否定する。
「霊子さん、そんなハッキリ否定しなくても良いじゃないの」
霊子さんが即答したので依里が拗ねる。
「ごめんなさい。もちろん依里さんは好きですよ。でも恋しただなんてねえ」
「でもこの依里の部屋から出ないってことは、ライク以上の感情があるのかもねえ」
「もう凛子さん意地悪ですね!」
三人は目的を忘れたかのように、雑談を楽しんでいる。脱線しがちな三人を見ながら、私はふと気付いた。霊子さんの表情が相談し始めた時より明るくなっている。青白かった顔色まで赤みを増しているみたいだ。
「初めてこの部屋に来た時はどんな状況でしたか?」
「ちょうどその時はこの部屋に凛子さんが来ていました。二人は凄く楽しそうに話をしていましたよ」
そうか、その時も依里一人じゃなく、凛子も居たんだ。
「霊子さん、今楽しいですか?」
「えっ?」
霊子さんは私の質問の意味がすぐに飲み込めなかったのか、キョトンとした表情になる。
「ええ、楽しいですね」
霊子さんは生きている人間みたいな笑顔になる。
「私も霊子さんと一緒に話せて楽しい!」
「霊子さんごめんね。怖がって来なくなって。でも今は霊子さんと話していると楽しいよ」
「ありがとうございます。本当に嬉しいです!」
もしかして、霊子さんが求めていたのは……。
「霊子さん、もしかして友達が欲しかったんじゃんないですか?」
霊子さんは楽しそうな凛子と依里の仲間に入れて欲しかったんじゃないか? でも、凛子が来なくなってしまったから、仲間に入れなかった。だから、今は楽しくて仕方ないんだ。
「ああっ……」
霊子さんは私の言葉を聞くと、突然苦しそうに頭を押さえる。
「大丈夫ですか?」
私は心配になり声を掛けた。凛子と依里も声を掛けて心配している。
「記憶が……記憶がよみがえりました……」
霊子さんはゆっくりと頭を上げて、私達にそう話した。
「何か分かりましたか?」
「はい、私は幼い頃からずっと病気がちな人間でした……」
私の質問に答えるように、霊子さんが話し出す。
「学校も休みがちでクラスに馴染めず、楽しそうに友達と遊ぶクラスメイトを羨ましく見ているだけでした……」
霊子さんは悲しそうに、自分の過去を話し続ける。
「高校生になって、このままじゃ駄目だと思い、思い切ってクラスメイトに話し掛けました。凄く勇気のいる行動だったのですが、それが幸いしたのか、友達の輪の中に入れて貰えることに成功しました。でも、それはホンの一瞬だけで、病状が重くなった私は入院生活が長くなり、高校も中退。見舞いに来る友達も途絶えました。そんな寂しい闘病生活の末に、とうとう亡くなってしまったのです……」
そこまで淡々と話していたかに見えた霊子さんの瞳から、一筋の涙が落ちた。
「霊子さん、かわいそう!」
「私だったらずっとお見舞いに行ったのに!」
依里と凛子ももらい泣きしながら、霊子さんを慰める。
「霊子さんの気持ちはよく分かりますよ。私もずっと友達が居なかったから。この二人と友達になって毎日が見違えるほど楽しくなったから……」
私も霊子さんの気持ちに共感して涙が出て来た。
「でももう大丈夫ですよ。私たちが霊子さんの友達です。今日からはずっと友達だから、泣かないで大丈夫です」
私は泣きながら、笑顔でそう言った。
「そうだよ、もう霊子さんは友達だよね!」
「うん、私と依里と麗美と霊子さん。四人はもう友達だよ」
「みなさん、ありがとうございます……」
霊子さんが笑顔でそう言うと、彼女の姿が徐々に薄くなって行く。
「霊子さん!」
私は思わず叫んだ。霊子さんはそれに答えず、笑顔で頷く。
「霊子さん、成仏しちゃったのかな……」
霊子さんが消えた空間を眺めながら、依里が心配そうな顔で呟く。
「きっとそうよ。だって最後は笑顔だったもの」
私は霊子さんが幸せに成仏出来たと確信していた。
数日後、私は家で絵を描いた。私は昔からノートに絵を描くのが好きだったので、簡単なイラストレベルならそこそこ描ける。
「出来た!」
翌日、その絵を学校に持って行って、凛子と依里に見せた。
「凄い、絵が上手だね」
「麗美ちゃんにこんな才能があったなんて!」
二人とも大袈裟に褒めてくれた。
私の描いたのは、霊子さんを含めた、私達四人が笑顔で手を繋いでいる絵だ。天国に居る霊子さんに見て貰いたいと描いたのだ。
「この絵を依里の部屋に飾ってくれる?」
「うん、霊子さんもきっと見に来てくれるね」
そうであって欲しい。いや、そうなる筈だ。だって霊子さんは私たちの友達なんだから、きっと依里の部屋にに来てくれると思う。
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