第22話 十月二十二日は図鑑の日(月間ベスト作品)
日本で一番最初の図鑑「植物図鑑」が発売された日にちなんで、民間図書館「絵本と図鑑の親子ライブラリー」が制定。
家の中の片付けをしていると、少し汚れて傷みの目立つ、古い図鑑が本棚から出て来た。娘が小さな頃に買ってあげた動物図鑑だ。
私は懐かしくなり、片付けの手を止めてページを開いた。
この動物図鑑のテーマはナンバーワン。アフリカゾウは動物の中で鼻が一番長いとか、シロナガスクジラは一番大きいとか。
娘はこの図鑑が大好きで、いつも寝る前になると持って来て読んでくれとせがまれた。私はそれが嬉しくて、毎日感情を込めて面白おかしく読んでいたのだ。
やがて字が読めるようになってからも、娘は自分で何度も読んでいた。読み聞かせをせがまれなくなったのは楽なんだけど、母としては少し寂しかったのを覚えている。
いつの頃からだろうか。娘がこの本を読まなくなったのは。
読み聞かせから、自分で読むようになり、やがて読むことも無くなる。それは母親としては寂しいが、娘の成長過程として正しい。
そうやって娘はどんどん成長していき、結婚して家を出て家庭を持った。今はもう一児の母親だ。
「早いものね」
こうやって、小さな頃に読み聞かせてやった本を開くと、その当時の記憶が甦る。私にとって人生の宝物のような記憶だ。
娘も覚えていてくれるのだろうか。ふと私は図鑑を読みながら考えた。
とその時、「ピロリロリ、ピロリロリ」とスマホの呼び出し音が鳴った。
私はスマホを手に取り電話に出る。
「あっ、お母さん、私、真奈美(まなみ)よ」
「ああ、真奈美。どうしたの?」
娘からの電話だった。
「そっちの本棚に私が小さな頃に買って貰った動物図鑑があった筈なんだけど、今でも捨てずに置いてあるかな?」
なんという偶然だろうか。今まさに手に持って読んでいるこの図鑑のことだ。
「うん、ちゃんと置いてあるよ。でもどうして?」
「うん、涼香(すずか)に読んであげようと思ってね」
涼香は真奈美の娘で、私の初孫だ。
「あっ、でも汚れもあるし、少し傷んでるよ」
「うん、それでも良いの。あの本には私の大切な思い出が一杯あるから、それを涼香にも伝えたくて」
私は驚きと感動で言葉が上手く出て来なかった。もう忘れていると思ったのに、娘もこの図鑑を大切な思い出として覚えていてくれたなんて。
「じゃあ、家に送ろうか?」
「ううん、今度の日曜日に取りに行くわ。お母さんの都合は大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど……」
私は話していて、あることを思いついた。
「あの、家に来た時に、涼ちゃんにこの本を私が読み聞かせしてあげても良いかな?」
「えっ? もちろん良いよ。お母さん、あの本を読むの上手だったよね。きっと涼香も喜ぶと思うよ」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
真奈美たちが来るまでに、この図鑑を綺麗にして、読み聞かせも練習しておこう。
また私の人生の宝物になる記憶が生まれる。それが嬉しくて堪らない。
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