第35話 十一月四日はいいよの日

 「いいよ」と褒めたり、許したりする社会にとの願いを込めて制定。一一(いい)四(よ)の語呂合わせから。



 うちの中学校には凄く褒め上手な、田所(たどころ)と言うお爺ちゃん先生がいる。田所先生は少しでも生徒の良いところを見つけると、「良いよ! 良いよ! 凄く良い!」って褒めてくれる。

 田所先生はクラスの担任で国語の先生。この前私がテストで悪い点数を取った時でも「漢字の点数が良かったってことはちゃんと勉強していたんだね。文章の読み取りは勘違いしちゃったんだな。落ち着いて問題を解けば、次はきっと良い点数が取れると思うよ」と褒めて慰めてくれた。そんな凄く良い先生なのだ。



 ある日、私は日直でクラスのみんなから集めたアンケート用紙を、職員室に居る田所先生まで持って行った。


「ああ、ありがとう。日直ご苦労さんだね」


 私は先生にアンケート用紙を手渡すと、すぐには立ち去らず、何も言わずにその場に残ってしまった。実は先生に相談したいことがあったのだが、打ち明ける勇気が無い。でも助けて欲しくて帰ることが出来なかったのだ。


「草薙(くさなぎ)さんは何か悩み事でもあるのかな?」

「えっ、分かるんですか?」


 私が何も言わないのに、先生の方からそう言われて驚いた。


「うん、ここ二、三日様子がいつもと違ったからね」


 クラスには三十人も生徒が居るのに、先生は一人の生徒の様子まで気が付いてくれるんだ。


「あの……話を聞いて貰えますか?」


 先生から切っ掛けを与えて貰ったので、私は勇気が出てきた。


「もちろんです。じゃあ、そこの応接席で聞きましょうか」


 私と先生は職員室の隅にある応接席に移動した。

 先生は席に座った後もニコニコ笑顔のままで、私が話し出すまで何も言わずに待っていてくれた。私はなかなか話し出せなかったが、笑顔の先生を見ていると、安心出来た。


「実は……仲の良い友達が他の子と、私の悪口で盛り上がっているのを偶然聞いてしまったんです。でも友達は私が聞いていたのを知らなくて、いつもと同じように話し掛けてきたりしてきて……」


 私は友達の名前は言わなかった。先生は気付いているかも知れないけど。


「いつもと変わらないように話し掛けられても、私はどうすれば良いんでしょうか? 悪口のことを思い出すと、いつもと同じように笑うことが出来ないんです。許せない気持ちがあって……」


 先生はずっと黙って私の話を聞いてくれた。


「それは辛かったね」


 先生はゆっくりとした口調でそう言った。


「私はその辛い気持ちを、友達に全て伝えるべきだと思うな」

「全て……ですか?」

「そう、辛かった気持ちを正直に伝えるべきだと思う。それを聞いた友達がなんと言うか、しっかりと聞いてあげれば良いよ」

「友達はなんて言うかな……」


 私は悪口が本心だと言われるのが怖かった。


「それは分からない。でも途中で口を挟まず、最後までしっかり聞くと良いよ。それでもし謝ってきたら、友達を許してあげて欲しいな」

「許すんですか?」


 私は今の段階で絶対に許すとは言えなかった。


「うん、まあ話を聞いてから判断すれば良いけど、後悔や反省の気持ちを感じたら許してあげて欲しい。きっとそれが草薙さんの為にもなると思うから」

「そうですか……分かりました。友達と話をしてみます。許せるかどうかは分からないけど」

「はい、それで良いと思います」


 私は先生にお礼を言って職員室を後にした。帰ろうと思って教室に戻ると、先生に相談した仲の良い友達である絵里香(えりか)が居た。


「あっ、草っち、待ってたんだよ。一緒に帰ろう」


 絵里香はいつもと同じように笑顔でそう言ってくる。私はそれに笑顔で応えることが出来なかった。


「あの……話があるんだけど」

「えっ、何?」


 私の深刻そうな表情に気付いたのか、絵里香の顔から笑顔が消える。


「この前、二組の教室の前で坂井さん達と私の悪口で盛り上がってたよね。あの時、私は教室の中に居て、あなたたちの話が聞こえてたんだよ」

「えっ……」


 絵里香の顔色が変わる。


「坂井さん達が何を言おうがどうでも良いの。でも絵里香は親友だと思ってたから、凄く悲しかったし、悔しかったよ」


 私は話していて涙が出てきた。


「本当に私が目立ちたがり屋とか、うざいとか思ってるの? ねえ、どうなの?」

 私は絵里香の肩を掴んで返事を迫った。

「ゴ……ゴメンー」


 絵里香も泣き出した。


「あの時は坂井さんたちと偶然一緒になって話をしてたら、急に草っちの話になったのよ……でもノリの悪い奴って思われるのが嫌だから話を合わせちゃって……ホントごめんね! でも誓って言うけど、私は自分で悪口は言ってないのよ! 信じて貰えないかも知れないけど、草っちのことうざいとか思ってないし、大好きだよ!」


 絵里香は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら謝る。確かに考えてみれば、絵里香は直接悪口は言って無かった。

 私は絵里香の大泣きしながら謝る姿を見て、ホッとしていた。私も絵里香と仲直りしたかったんだ。絵里香が謝ってくれてホントは嬉しかった。


「うん、いいよ。信じる。私も絵里香が大好きだから」


 私も泣きながら、絵里香を抱きしめた。

 絵里香を許せて良かった。先生が言った通り、確実に私の為になった。


「謝ってくれて、ありがとう」


 私は絵里香にお礼を言った。


「ううん、草っちこそ、許してくれて、ありがとう!」


 私たちは涙で濡れたままの顔で笑い合った。

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