第36話 十一月五日は縁結びの日

 島根県の神話の国・縁結び観光協会が制定。

 旧暦十月(新暦十一月ごろ)に出雲大社に全国の神が集まり縁結びなどの会議をするとされていることと、「いい(一一)ご(五)えん」(いいご縁)の語呂合せから。



 三十九歳会社員。独身一人暮らし。平日は会社とアパートの往復だけ。休日はネットかサブスクで映画を観るだけ。ただ生きているだけの生活を続けている。

 学生時代の友達はみんな結婚している。子供がいる奴も多い。俺はと言えば、結婚どころか彼女が居たことも無い。

 独身の方が気楽で良いさと強がってはいたが、四十歳の大台を前に、さすがに焦ってきた。このまま一度も、誰とも愛し合うことなく死んで行くのは寂しすぎるんじゃないかと。

 一年前から婚活を始めて結婚相談所に入所したは良いけれど、お見合いが組めても相手に断られ仮交際に進めず。圧倒的に会話スキルが足らなくて話にならなかった。


「諦めるしかないのかな……」


 今日も休日だったが、有意義なことは何もしていない。一人でずっと過ごしていると独り言も増える。俺は誰にともなく呟いた。

 世間では暴力を振るうDVや、言動で相手の心を縛るモラハラなどで妻を苦しめる奴が居ると聞く。そんな奴らでも恋愛して結婚出来るのに、自分にそれが出来ないのが悔しい。俺なら愛する人を大切に出来るのに。


 神様、俺にも素敵な出会いを与えてください。良いご縁をお願いします。


 そんなことを願いながら眠りに就いた。



「おい、起きるんじゃ!」


 俺は誰かに大きな声で起こされた。

 目を開けると、そこは一面雲の上のような場所だった。その場所に、頭はつるっ禿で長く白いあご髭をはやした老人が立っていた。


「ここはどこですか? あなたは誰ですか?」

「ワシは神じゃ。ここはお前がイメージした場所だからよく分からん」


 老人はぶっきらぼうに答えた。


「あっ、そうか、これは夢だな。確かにここは天国みたいだし、神様が居ても不思議じゃない」


 良くは分からないが、夢なら仕方ない。


「まあ、納得できたんなら、それで良いわ。ワシはお前の願いを叶えに来たんじゃ」

「俺の願い?」

「お前、寝る前に『良いご縁をお願いします』と願っただろ」

「ああ……確かに願いました。それが叶うんですか?」

「ああ、お前は真面目に生きてきたから、特別に叶えてやろう。ただ、縁をお前の前に連れてくるだけだからな」

「えっ、それはどういう意味ですか?」

「縁というのはな、目の前に来ていても、本人が捕まえる気が無ければ逃げていくものなんじゃ。だからお前の前に縁を連れてくるが、それを掴むかどうかはお前次第じゃ」

「そんなものなんですか……分かりました。やってみます」


 自分で掴むものと言われて自信がなくなったが、夢だと思い納得した。


「うむ、じゃあ、頑張れよ」


 神様はそう言うと、煙のように消えてしまった。



 ジリリリリーと大きな音で鳴る目覚ましに起こされる。今日は月曜日で、またアパートと会社を往復するだけの日々が始まった。



 ある日俺は会社帰りにアパートの近くにあるスーパーに立ち寄った。晩御飯の弁当を買おうと思ったのだ。

 買い物を済ませてレジで並んでいると、すぐ前にいた爺さんがレジで女性店員と揉め出す。どうやら女性定員が言った金額を爺さんが聞き取れなくて勘違いしたようだ。爺さんは自分が間違えているのに、大声で威嚇してごり押ししようとしている。女性店員も大声に怯えているのか、固まって何も言えずにいる。


「俺も聞いてましたよ。二三五〇円でしょ。あなたが聞き違いしたのに、店員さんに大声出すのは良くない。ちゃんと払って、レジを空けてくださいよ」


 俺は強い口調で爺さんに言った。


「関係ない者は黙っとれ!」

「あんたがそこをどかないと俺が会計出来ないんだよ。これ以上揉めるなら、俺が警察呼ぶよ」


 俺が引かないので、爺さんは弱気になり、代金を払って逃げるように去って行った。


「ありがとうございました」


 女性店員が泣きそうな声で俺にお礼を言う。


「あっ……いや、大したことは……」


 俺は女性から話し掛けられると途端に挙動不審になる。これ以上会話をするのも辛かったので、目を合わせず、さっさと会計してスーパーから出て行った。



 次の日の帰宅時、俺がスーパーの前を通ると、ちょうど店から出てきた女性と鉢合わせになった。


「あっ、あなたは昨日助けてくれたお客さん!」


 店から出てきた女性は、昨日の店員さんだった。私服姿の彼女は店で見た時より若く、アラサーぐらいに見えた。


「昨日は本当にありがとうございました。私、男の人から怒鳴られるのが苦手で固まってしまって。あなたが助けてくださったので、本当に助かりました」

「あっ、いえ……」


 俺はまた何と返して良いか分からず、適当に返事して逃げ出したくなった。

 だがその瞬間、例の神様が俺の頭の中に浮かんできた。

 そうだ、神様は縁は掴むものと言っていた。もしかしたら、この女性が神様が用意してくれた縁で、ここで頑張らなきゃみすみす逃してしまうかも知れない。


「あの……お役に立てたのなら本当に良かったです」

「本当に仮面ライダーみたいなヒーローに見えました」

「いえいえ、ヒーローなんてそんな……もう気にしないでくださいね」


 俺はそう言ってアパートに向かおうとすると、女性も同じ方向だった。帰り道には、今までの人生で一番頑張ったと思うぐらい一生懸命に女性と話した。

 なんと、女性はとなりのアパートに小学生の息子さんと暮らしているそうだ。仮面ライダーみたいと話に出てきたのは、息子さんが好きでいつも一緒に観ているかららしい。

 彼女の名は藤堂真希(とうどうまき)。笑顔の可愛い女性で、話しているうちに、俺は彼女のことが好きになってしまった。



 それからも何度か偶然帰り道で一緒になり、どんどん親しくなっていく。助けたお礼にと、彼女のアパートで夕飯をご馳走されたりもした。お返しにと、息子さんと一緒に三人で遊園地に行ったりもした。もう交際している感じだった。


「真希さん、正式に結婚を前提として付き合って頂けませんか?」


 俺はケジメとして真希さんに交際を申し込んだ。


「そう言って貰えるのは凄く嬉しいです。でも私はバツイチで、結婚生活が上手く行くか不安で……」

「大丈夫です。俺はあなたのお父さんや元旦那のように、暴力を振るったりは絶対にしません。優斗くんとあなたを絶対に幸せにします!」

「ありがとうございます」


 真希さんは涙を流して喜んでくれた。俺は約束通り、良い夫であり良い父になれるように頑張った。



 俺は真希さんと結婚して、優斗君も一緒に、三人で幸せに暮らして数年が過ぎた。

 そんなある日、夢の中にあの時の神様が出てきた。


「ありがとうございます! 神様が連れて来てくれた縁で、私はこんなにも幸せになりました」


 私は心からお礼を言った。神様は私のお礼を聞き、フッと笑う。


「実はな、ワシは縁など連れて来てはいないんじゃよ」

「ええっ!」


 俺は神様の言葉に驚いた。


「そもそもな、縁なんて連れて来れるものじゃ無いんじゃ。一人の人間の人生の中で何度も訪れるものなんじゃよ。その縁を生かすも殺すも自分次第。お前は頑張ったからこそ、縁を活かし、今の幸せを掴んだのじゃ。ワシは背中を押してやっただけじゃよ」


 神様はそう言って笑ったかと思うと、また煙のように消えてしまった。


「でも、俺は神様が背中を押してくれなきゃ幸せになれてません。本当にありがとうございました!」


 俺は神様が消えた場所に深くお礼をした。そして、縁が繋がった真希と優斗をこれからも幸せにして行きますと誓った。

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