第55話 十一月二十四日は進化の日(Evolution Day)

 一八五九年のこの日、ダーウィンの『種の起源』の初版が刊行された。



「今日の私は昨日の私を超える! 私は進化し続けるんだ!」

「はっ! ごめんなさい、寝てません!」


 数学の授業中、隣に座る桜田依里さくらだよりが急に立ち上がって叫んだ。隣でコックリコックリと舟を漕いでいた私は、その声で飛び起きてしまった。


「桜……」


 先生は一瞬「桜田!」と注意しようと思ったみたいだが、相手が依里だから仕方ないと思ったのか途中でやめたようだ。


「へへ、ちょっと寝惚けちゃった……」


 照れ隠しで笑いながら席に座る依里。


「驚いたじゃないの。どんな夢見てたの?」

「昨日読んでた本に影響されてね。後で話すわ」


 私達は小声で話し合った。



 昼休みになり、私は依里と一緒にお弁当を食べている。


「結局あの言葉は何だったの?」

「本にね『昨日の自分を超える。それを毎日続ければ、無限大に進化し続けられる』って書いてあったの。少しでも昨日の自分を超えれば良いのよ。簡単そうでしょ?」

「ええっ……そうかなあ?」


 依里は事も無げに言うけど、これって毎日続けるのは難しいんじゃないの? だって昨日を超えるんでしょ。


「今日の放課後、私の家で昨日の自分を超える方法を相談しない?」

「えーまだあの幽霊が出るんでしょ?」※第二十一話あかりの日参照

「それなら大丈夫よ。最近凄く仲良くなったから」


 仲良くなったって、幽霊とどんな風に仲良くなるのよ。凄く興味があるけど、やっぱり怖いよね。


「私の家にしよう」


 私たちは放課後に昨日の自分を超える方法を相談することにした。



「で、どうやって昨日の自分を超えるか本には書いてあったの?」


 放課後になり、私の部屋に来た依里に詳しい話を聞いてみようと思った。


「コツはね。少しずつ昨日を超えて進化していくの」

「少しずつねえ……具体的には?」

「具体的にか……新しく英単語を一つ覚えていくとかどう? それなら毎日続けられると思うよ」

「ええっ、英単語一つだけ? なーんだ。昨日を超えるって言うからもっと凄いことかと身構えて損したわ」


 あまりにもショボい話になってきた。


「だって、毎日続けなきゃ駄目なのよ。凛子ちゃん飽き性なんだからこれぐらい簡単な方が良いでしょ」

「私飽き性じゃないし、風呂上がりのアイスは毎日続いてるし」

「いつも痩せたい痩せたいって言ってるのに、そんなこと続けてるの?」

「まあ、それは置いといて……三百六十五歩のマーチでも一日一歩進むのよ。英単語一つじゃ半歩にもならないよ」

「えっ? 何? 三百六十五歩のマーチって」


 しまった! 隠してた昭和懐メロ好きがバレてしまう。美空ひばり先生を尊敬してるとか、いくら依里でも言えないよ。


「どうしてこんな古い歌を知ってるのよ」


 依里はスマホを取り出し、三百六十五歩のマーチを検索したようだ。


「いや、たまたまその部分だけ知ってたのよ」

「英単語一つだけって簡単そうに言うけど、それを忘れたら駄目なのよ。ずっと覚えてなきゃ意味が無いから」

「ええっ……」


 ずっと記憶し続けるのは自信が無いなあ……そうだ!


「私、毎日英単語を三つ覚えるわ。それなら二つ忘れても大丈夫でしょ。三歩進んで二歩下がるってね」

「凛子ちゃん、三百六十五歩のマーチ、凄く好きでしょ」


 ああ、昭和懐メロ好きがバレてしまう……。

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