第54話 十一月二十三日はいい兄さんの日

「い(一)い(一)にい(二)さん(三)」の語呂合せ。



 僕には三つ年下で小学校一年生の弟がいる。弟の名前は剛士つよし。名前は強そうだけど、いつも僕の後ばかり付いて来る泣き虫な奴だ。

 剛士は家の中では便利で良い。ジュース取って来てとか、漫画取って来てとか命令もよく聞いてくれる、子分みたいなものだ。ただ、命令しているところをお母さんに見つかると、怒られるから注意が必要だ。


 剛士が僕にくっ付いて来るのが家の中だけなら良いんだけど、外まで来るのは困ってしまう。いつも一緒に遊ぶケンちゃんは、僕が生まれた時からの友達で、剛士にも優しくて全然問題が無い。三人で遊んでいても楽しい。でも、マンションの公園で遊んでいるとあいつが来るから嫌なんだ。

 あいつの名前は公太こうた。公太は僕と同じ四年生なんだけど、ルールも守らないし、気に入らないことがあると暴れるわがままな奴。

 僕たちが仲良く順番にブランコで遊んでいると、あとから来て「次は俺の番~」とか言って横入りする。ダメだって言っても、大声で騒ぎだし、順番を譲るまで次の人が遊べないように邪魔をしてくる。それが嫌なので、公太が来たら何も言わずに別の物で遊ぶようにしているんだ。

 僕たちは公太が怖いから別の場所に行っているんじゃない。めんどくさいし、言い合いするのが嫌なだけだ。でも、剛士に逃げてると思われるかも知れなくて嫌だ。ケンちゃんは僕と同じ考えなので、二人なら公太を無視しても何も感じないのに。



 今日もケンちゃんが僕の家まで誘いに来てくれた。僕が外に出ようとすると、剛士が「僕も行く!」って付いて来る。お母さんからも「一緒に遊んであげて」と頼まれたので、連れて遊ぶことになった。


 最初は滑り台で遊んでいたんだけど、剛士がどうしてもブランコに乗りたいと言うので順番を待つことにした。

 ブランコで女の子二人が遊んでいたので、その後に剛士を先頭にして並んだ。二人目の女の子が終わりそうになり、次は剛士の番だと思っていたら「次は俺の番~」と言いながら、いきなり公太が現れた。


「ジャングルジムにでも行こうか」


 僕がそう言うと、ケンちゃんも頷く。


「剛士、行くぞ」

「ええっ! 次は僕の番なのにー!」


 いつもは聞き分けの良い剛士が今日は泣いて動こうとしない。


「次は俺の番だからね」


 女の子がブランコから降りたので、公太が次に乗ろうとする。


「お兄ちゃん!」


 剛士が僕の手を持って、大きな声で泣く。

 僕も泣きたくなった。僕も剛士も悪くないのに、どうして僕たちが泣かないといけないんだろう。剛士は僕を頼って泣いているのに、お兄ちゃんの僕まで泣いたら誰が助けてくれるの?


「次は剛士の番だよ!」


 僕は勇気を振り絞って、公太の服を掴んだ。


「俺が乗るんだー!」


 公太は大声を上げて暴れ出し、僕の手を振りほどこうとする。


「剛士はちゃんと並んでたんだ! 乗りたいなら公太も並べよ!」

「嫌だ! 次は俺が乗るんだ!」


 僕と公太は泣きながら大声で怒鳴り合い、どちらもブランコを掴んで離さない。いつのまにか剛士は泣き止んでケンちゃんと一緒に、僕と公太の言い争いを横で見ていた。

 そのうちに、公園に居た他の子のお母さんが何人かやって来て、僕たちを引き離してくれた。僕は興奮が治まらず、泣きながら剛士と家に帰った。


「どうしたの? 大丈夫?」

「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」


 家に帰った僕たちを見て、お母さんが驚く。心配そうなお母さんを見て、剛士がまた泣き出した。

 結局、剛士はブランコに乗れなかったし、泣いてしまったし、勝ったのか負けたのか良く分からないことになった。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 二人とも落ち着いて泣き止んだ後、剛士が涙のあとが残る顔で、にっこり笑って僕にお礼を言ってくれた。


「うん」


 僕はそんな剛士が可愛くて、頭を撫でてあげた。

 勝ったか負けたかは分からないけど、あの時勇気を出して本当に良かった。また剛士が泣いてたら、お兄ちゃんとして、その時も助けてあげようと思う。

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