第18話 十月十八日は冷凍食品の日

 日本冷凍食品協会が一九八六(昭和六十一)年に制定。

 十月は冷凍の「とう(十)」から。十八日は、国際的に、マイナス十八℃以下に保てば冷凍食品の品質を一年間維持できるとされていることから。

 「食欲の秋」でもあることから、冷凍食品の販売促進のためのPRが行われる。


 

「あっ、美味しそうなお弁当ね」


 昼休みに自分のデスクでお弁当を食べていると、後ろを通った原田さんから声を掛けられた。彼女はそのまま通り過ぎると、コンビニの袋を手に持って僕の隣のデスクに座る。


「ホント田中君ってマメよね。毎日お弁当作って来るなんて。私なんて料理が苦手だから、いつもコンビニ弁当よ」


 原田さんは苦笑いでそう言うと、コンビニの袋を少し持ち上げる。


「いや、マメって言う程手は掛かってないんですよ。このお弁当全て冷凍食品ですから」

「ええっ! でも普通に手料理に見えるよ。冷凍食品ってレンジで解凍して入れるだけじゃないの?」

「それは……」


 俺の作っている冷凍食品料理は全てネットにレシピが載っている。作り方も簡単で、誰でも作れるレベルだ。それを原田さんに説明しようとして、俺は気が変わり言葉を途中で止めた。


「もし良かったら、作り方を教えますよ。休みにでも俺の家に来ませんか」


 実は、俺は原田さんに好意を持っていた。

 二歳年上の先輩である原田さんは、ボーイッシュなショートカットが似合う美人だ。その外見通り、サッパリとした姐御肌な性格で、奥手で女性が苦手な俺でも気楽に話が出来る。

 今は会社の先輩後輩の間柄でしかないが、俺はもっと親しくなりたいと思っていた。これは良いチャンスだと思ったのだ。


「えーでも良いの? 迷惑じゃない?」

「いえ、全然。いつもお世話になってますから」

「じゃあお言葉に甘えようかな。でも、私全然料理出来ないから、呆れないでね」

「大丈夫ですよ。冷凍食品使って、調味料も既製品だけしか使いませんから」


 こうして、次の日曜日に原田さんが俺のアパートに来てくれることとなった。



 前日の土曜も休みだったが、丸一日掛けて部屋の掃除をした。これで原田さんが来ても大丈夫だ。


「お邪魔します。これ、デザートで食べようね」


 日曜日のお昼前になり、原田さんがケーキを手土産にアパートに来てくれた。普段はパンツスーツ姿なのに、今日はロングスカート。初めて見た私服姿に、会った瞬間、胸が高鳴った。


「ありがとうございます。中にどうぞ」


 今日は俺の得意とするレシピの中から、特に簡単でかつ手の込んだように見える料理をチョイスした。野菜もすでにカットされていてすぐに調理するだけの物を選んでいる。


「凄い、こんなにも便利な冷凍食品があるんだね」

「そうでしょ。激安スーパーに行けば、案外安く手に入るんですよ」


 俺が横でレシピを教え、原田さんに調理をして貰った。料理が下手だと言っていたが、包丁すら使わないので問題なく出来上がった。


 テーブルの上に原田さんが作った料理が並ぶ。里芋の煮物や煮込みハンバーグ、たこ焼きグラタンや温野菜サラダなどどれも美味しそうだ。


「こんなにもたくさん作ったの初めてよ」

「簡単だったでしょ?」

「ホント。教えてくれてありがとう」


 俺たちは「いただきます」と声を揃えて食べだした。


「仕事もそうだけど、田中君って要領よく何事にも対処出来て凄いね」


 原田さんが感心したように言う。


「俺は面倒くさがりなだけですよ。少しでも楽がしたいだけ。俺は原田さんのように、コツコツ努力して遣りきる姿勢を尊敬してますよ。それだけのことをやってるから、何かトラブルが起こっても、原田さんは冷静ですからね」


 お世辞じゃなく俺はそう思っていた。そういう面も原田さんに好意を抱いている理由の一つだ。


「そうか……私たちって良いコンビかも知れないね」


 笑顔でそう言ってくれた原田さんに、俺は今まで以上に心を惹き付けられた。

 その後も今までより親しく、プライベートな部分まで会話が出来た。


 食事が終わり、原田さんを駅まで送って行く。


「今日は本当にありがとう」


 別れ際、原田さんが笑顔でお礼を言ってくれた。


「また今度映画にでも行きませんか?」


 俺は勇気を出して誘ってみた。


「ありがとう。じゃあ、今度何を観に行くか相談しようか」

「はい!」


 原田さんは迷うこと無く了解してくれた。


「それじゃあ、さようなら」


 そう言って原田さんは軽く手を振り、改札に向かった。

 今日は原田さんとの距離が近づいた、本当に嬉しい一日だった。

 冷凍食品に感謝だな。

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