第17話 十月十七日はカラオケ文化の日

 全国カラオケ事業者協会が制定。

 同協会の設立記念日。


 私はカラオケが好きだ。


 昔はそうでもなかったんだけど、三年付き合った正樹(まさき)の影響だと思う。

 正樹と付き合ってた頃はデートと言えばカラオケだった。フリータイムのあるカラオケ屋で、クーポンとか使って少しでも安く抑える工夫をしてた。だって、週に三回は行くのだから、節約は大事だったよね。

 正樹と付き合ってた頃は、毎日が楽しくて仕方なかった。ずっとこの幸せが続くんだと思ってた。

 そう、過去形なのは、もう正樹とは別れてしまったから。

 別れる原因を作ったのは私。今なら素直にそう言える。


 私は正樹の愛情を試してしまった。わがままを許して貰うことで愛されていると実感したかった。しかも恐ろしいことに、そのわがままはエスカレートしていくんだよね。

 これを許してくれたんだから、もっと酷いわがままでも許してくれるよね。だって正樹は私のことを好きなんだから。

 今はなぜそんな考え方していたのか不思議で仕方ない。私はメンヘラだったんだ。

 最終的には浮気してしまった。相手に好きなんて感情は欠片も無かった。でも許して貰える筈。愛されているんだから。私は愛されている証明として、裏切って、そして許して欲しかったんだ。

 でも、正樹は許してくれなかった。いや、もうどうでも良かったのかも知れない。

 気付くともう何か月も二人でカラオケに行っていなかった。

 こうして私たち二人の関係は終わった。


 でも、私はそれからも頻繁にカラオケに通っている。友達と行くこともあるが、一人カラオケも多い。

 十八番は「プリンセスプリンセスのM」だ。歌っているうちに泣いてしまうけど、歌うのをやめられない。

 カラオケに来ていると、正樹と楽しく過ごしていた日々を思い出す。自分から手放してしまったのに。


 終了時間になり、私は部屋を出た。隣の部屋からカラオケのイントロが漏れ聞こえてくる。それを聞いて私の足が止まる。正樹がよく歌っていた「hideのever free」だった。

 古い歌で私は原曲を聞いたことが無かったけど、正樹が歌うと最高にカッコよかった。

 思い出に浸りながらその場で聞いていると歌が始まった。


「正樹だ……」


 その声は正樹だった。

 私は驚いて、通路の窓から部屋の中を覗く。やはり正樹が歌っている。他に人は居ないし、グラスも無かった。


「正樹!」


 私は懐かしさの余り、いきなり部屋の中に入る。


「綾香……どうしてここに?」


 正樹は呆気にとられている。


「久しぶり……今日は一人なの?」

「ああ、週に三回もカラオケに付き合ってくれるような人は居ないからな。綾香も一人なのか?」

「うん、私も……」


 勇気を出せ私。もう一度あの頃に戻りたいなら、勇気を出すんだ。


「私はいつも暇だから、週に何度でもカラオケに付き合えるよ。……もし、正樹が良かったらだけど……」


 正樹が返事をくれる数秒間、心臓が破裂しそうに高鳴った。


「俺と一緒にカラオケに行きたいのか?」

「私、ずっと後悔してた。正樹を傷つけて酷いことをしてた。本当にごめんなさい。もし許してくれるなら、また一緒にカラオケに行こう」


 私の言葉を聞き、正樹はフッと笑ってくれた。


「俺もまた綾香とカラオケに行きたいと思っていたんだ」

「ありがとう!」


 私は正樹に抱き着いた。

 終わってしまった私たちの関係を、カラオケがもう一度つないでくれた。でも、これでハッピーエンドじゃない。またこの関係を終わらせないように、私が努力していこう。

 私は正樹の腕の中で、心に誓った。

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