第159話 三月八日は散髪の日
愛知県犬山市のヘアサロン「saloon hair」(サルーンヘアー)が制定。
記念日を通して広く業界の活性化をはかり、お客様には散髪を通して身も心もすっきり、さっぱりして、精神衛生の向上を図っていただくことが目的。
日付は三と八で「散(三)髪(八)」と読む語呂合わせから。
俺はいつも千円カットの店で散髪をしている。安いからじゃなく、カットの時間が早いから利用しているんだ。俺は散髪が嫌いで、ずっとあそこで座っているのが耐えられない性分。だから手早くカットしてくれる千円カットの店は本当に助かっている。
今日も手早く髪を切って貰おうと、行きつけの千円カットの店に行ったら、見慣れない若いイケメンの店員が入っていた。手際が悪い奴だったら嫌だなと思いつつ、常に三人ぐらい店員が入っている店なので確率的には大丈夫かと待つことにした。
二十分ほど待っていると、俺の番になった。なんと担当してくれるのは、新人のイケメン君だった。
まあ、仕方ないかと席に着いた。
「今日はどういたしますか?」
「バリカンで刈り上げて、全体的に短くしてくれたら良いから」
「何かご希望はございますか?」
「いや、短ければ後はお任せで」
「はい、かしこまりました」
見た目はお洒落なお兄ちゃんって感じのイケメン君だったが、なかなかに接客は丁寧だ。値段が値段だけに、割と雑な接客をする店員ばかりの中で、イケメン君の接客は新鮮に感じた。
イケメン君はすぐに切り始めず、まずは俺の頭を前後左右と観察しだした。
俺は嫌な予感がした。俺の求めているものはそれじゃない。もういいおっさんだし、別にお洒落に興味がある訳じゃない。短時間で短く切ってくれればそれで良いのに。
と思いつつも、それを言葉にするとなんだかイケメン君の仕事にケチを付けるようで、俺は不安に感じながらも黙っていた。
確認が終わって考えがまとまったのか、イケメン君はバリカンを持つと後ろ、横、と下の方から刈り上げ出した。
他の店員なら刈り上げが終わっても、バリカンのままで上の方もあらかた切ってしまうのだが、イケメン君はすぐにハサミと櫛に待ち換えた。そして前後左右とチョキチョキ丁寧に切り始める。
これじゃ無いんだよな、と思いつつも黙って切られるままに任せる。イケメン君の真剣な表情を見ていたら、適当で良いよとは言えなくなってしまったのだ。
イケメン君は俺の考えなどお構いなしに、丁寧に丁寧にハサミと櫛を巧みに使って切っていく。俺はその様子を見ていて、不思議な気持ちになっていた。
いつもより時間は掛かっているだろう。でも、だらだら切っている訳じゃない。細かい部分まで少しずつ丁寧に切っているから時間が掛かっているだけで、その動きはキビキビしていて見ていてストレスを感じない。一つ一つの動きに心がこもっている感じがした。
なんだか自分の若い頃の仕事をしている気持ちを思いだした。俺もこのイケメン君みたいに、一生懸命に仕事をしていた時期があったんだ。
カットが終了し、イケメン君は小さなほうきで肩などの毛を払ってくれた。
「お疲れさまでした」
俺は椅子から降りて、鏡で自分の髪型をチェックした。
いつもより男前に仕上がっている気がした。
「おおっ、カッコ良くなったな。ありがとう」
俺はイケメン君にお礼を言った。
「ありがとうございます」
イケメン君はニッコリ笑って頭を下げた。
「ありがとうございました!」
店を出る時に、従業員一同から挨拶を受けた。俺は店を出たすぐの場所で時計で時間を確認した。
「いつもより長かったな……」
俺は切って貰ったばかりの頭に手をやり、短くなった髪を確認する。
「まあ、たまには良いか」
俺の望んでいたものとは違ったが、それでも満足感は高い。次に来た時にも、またイケメン君に切って貰いたいと思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます