第5話 十月五日は社内報の日
社内報のコンサルティングなどを行うナナ・コーポレート・コミュニケーションが制定。
「社内を統(一〇)合(五)」の語呂合せ。
朝のミーティングが終わって席に戻ると、デスクの上にA4の社内報が配られていた。今時紙媒体かよと思いながらも、俺は社内報を手に取り読み出す。
紙媒体と馬鹿にしながらも、ネット上にあったら読んでいないだろう。何だかんだで目の前にありすぐ手に取れるので、俺は毎月読んでいる。
どこかの事業所の紹介やらレクレーション大会の報告やら楽し気な写真と共に記事が掲載されている。俺は愛社精神が強い方ではないが、会ったことの無い社員でもこうして同じ会社の一員として紹介されると親しみが湧いてくる。見ず知らずの社員でも子供が生まれた記事は微笑ましく感じていた。
今月号を読んでいて、最後の記事に目が留まった。結婚報告の記事だ。
カップルの名は早川貴彦(はやかわたかひこ)と高原早紀(たかはらさき)。どちらも同じ事業所で社内結婚となる。ついでに言うと二人は同じ年齢で同期入社だ。なぜ俺がそれを知っているかと言うと、俺も二人の同期だったからだ。
五年前、俺と早川、高原の三人は新人研修で同じグループとなり、期間中ずっと一緒に行動していた。幸運なことに俺達三人は気が合い、研修期間中は公私ともにずっと楽しく有意義に過ごせた。
高原は男二人と同じグループでも、全く性別を意識させず、陽気で小さいことに拘らず男前な性格をしていた。
性別を意識せずに付き合える相手だったのに、俺は逆に高原を異性として好きになってしまった。なんとか彼女にしたいと思っていたが、一緒に居られるのは研修期間中だけ。配属が決まれば遠く離れてしまうかも知れない。俺は高原に気持ちを伝えることが出来なかった。
研修が終わり、配属先の発表があった。俺の願いも虚しく、俺は高原からは遠い今の事業所に配属された。それだけならまだしも、早川と高原が同じ事業所に配属されたのがさらにショックだった。
研修が終わり、俺達は打ち上げを開いた。二人は俺だけ違う事業所に配属されたことを凄く残念だと言ってくれたけど、俺は二人が付き合いだすんじゃないかと、悔しい気持ちが心の中にくすぶっていた。本人に確認した訳じゃ無いが、早川も高原を異性として意識していると感じていたから、きっとそうなると思っていたのだ。
その後、それぞれの配属先で仕事が始まる。最初は連絡を取り合ったりしていたが、すぐに会える距離でもなく、二人とはそのまま疎遠になっていった。
「運命か……」
もし早川ではなく俺が高原と同じ事業所に配属となっていたら、今この社内報に載っているのは俺の名前だったんだろうか?
そんなifに意味は無いと思いながらも、俺は笑えずにいた。もう忘れていた筈なのに、今月の社内報で悔しい気持ちがよみがえってきた。
「どうしたんですか? 怖い顔して社内報見ながら『運命か……』なんて呟いて」
不意に声を掛けられて、俺は驚く。声の方を見ると、横の席に座る藤森真衣(ふじもりまい)が不思議そうな顔して見ていた。
「あ、いや……」
俺は藤森に言うべきか迷った。
「なんですか? 隠し事なんて水くさいですよ」
そう言われて俺は話す気になった。藤森は誰にでもフレンドリーで、悩み事なんて無いんじゃないかと思うくらい底抜けに明るい、課のムードメーカーだ。彼女なら今の俺の気持ちを笑い話にしてくれそうな気になったのだ。
「ここに載っている二人って、俺の同期なんだ。三人仲良かったんだけど、二人だけ同じ事業所に配属されて、そのまま結婚。俺も彼女のことが好きだったんだけど、二人は結ばれる運命だったんだなってね」
藤森は聞き終わった後はキョトンとした顔をしていたが、すぐにニッコリと笑う。
「じゃあ、先輩はこの事業所で運命の相手にめぐり合うんですね!」
「そ、そういうものでも無いんじゃないか?」
俺は藤森の斜め上の言葉を聞いて驚いた。
でもよく考えて見ると案外そうかもな。高原の運命の相手が早川であれ別の人であれ、俺じゃないことは確かだ。高原と俺の運命は配属の時点で切れてしまったんだから、今更思い出して悔しがっても仕方ない。
だが、俺にもきっと運命の人が居る筈だ。しかもその相手はこの営業所に配属されたからこそ出会える可能性が高い。
そう前向きに考え出すと、なんだか楽しくなってきた。
「……いや、そうかもな。なんだか気持ちが楽になったよ。ありがとう」
俺は気分がよくなり、藤森に礼を言った。
「じゃあ、今日のランチは奢ってくださいね!」
藤森は無邪気な笑顔でそう言う。
「ちゃっかりしてやがるな」
と言いながらも、俺はこんな気持ちになれたんだから、ランチぐらいなら安いものだと思った。
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