第4話 十月四日は古書の日
全国古書籍商組合連合会(全古書連)が二〇〇三(平成一五)年に制定。
「古」の字を分解して「十」「口」とし、これを組あわせた「田」を四冊の本に見立てて十月四日を記念日とした。
「おはよう!」
彼女の香(かおり)がデートの待ち合わせ場所になっているカフェにやって来た。彼女は約束時間の五分前にも関わらず、「ごめんね、待った?」と謝りながら、ミルクティーのカップをテーブルに置いて僕の前に座る。
「いや、まだ五分前で遅れてもいないから謝る必要ないよ。今日は欲しかった本を手に入れたから、先に来て読んでたんだ」
「ホント、信也(しんや)君って本が好きだね」
「それしか趣味がないからね。この本は絶版された本だから探すのに苦労したよ」
「そうなんだ。じゃあもしかしてその本は……」
香の表情が少し曇る。
「うん、古本なんだ」
香は気遣いが出来る優しい良い娘なんだけど、潔癖症なところがある。彼女なりの線引きがあって、そこから外れることが耐えられないらしい。
例えば飲食店の料理は食べられるけど、知り合いの作った料理は食べられない。実際の衛生状態じゃなく、彼女が許容できるかどうかで食べられるかどうかが決まる。
古本は許容外となっているので、彼女は当然買ったりしない。彼女自身も自分の潔癖症に嫌気が指しているので、僕が買う分に対しては何も言わない。だけど、多くの古本が置いてある僕の家には入れないのだ。
僕たちがもっと親密になる為にも香の潔癖症を治したいけど、彼女自身も悩んでいるので、安易なことは出来ずにいた。
「今日はどこで遊ぼうか?」
と香が聞いてくる。僕たちは、目的を決めずにデートする時がある。一緒に居たいというのが一番の目的なので、デートの内容はその時の気分任せでも良いのだ。
「ちょっと言いにくいんだけど……実は近場で古本市が開催されていて、今日が最終日なんだ。でも香は無理だよね……」
「なんだ、そんなこと遠慮しなくて良いのに。私は買わないけど、信也君が行きたいなら、古本市に行こうよ」
こうやって相手の気持ちを優先してくれる、香は優しい娘なんだ。
「ありがとう。じゃあ、次のデートは香の行きたいところに行こう」
「うん、それで決まり」
僕たちはカフェを出て古本市の会場に向かった。
公園の特設会場に、多くの古本屋の露店が並ぶ。性別、年齢問わず、多くの本好きの人たちが、掘り出し物目当てに訪れている。
「私に遠慮せず、好きに探してね」
香は笑顔でそう言ってくれるが、体は露店から距離を取り、気持ちが引き気味なのが良く分かる。僕もそんな香を見ると、やっぱり来なきゃ良かったかなと、後悔の気持ちが湧いてくる。
なんとか香も楽しめないかな。
そんなことを考えながらも欲しい本を探していると、一冊の本に目が止まった。
「香、ちょっとこれを見てよ」
僕は香を呼んで、手に取った本を開けて見せた。香が触れなくても良いように、大きく開き、ゆっくりとページをめくる。
「これ、台湾の本ね」
「そう。この本は三〇年前に発行された台湾のガイドブックなんだ」
「へえ、面白そう」
香が興味津々でガイドブックを覗き込む。香は今、台湾の文化に興味があり、暇さえあればネットで関連動画やサイトを観ているらしい。
「今とは全然違うんだ」
「どう? 興味があるなら買ってみる?」
僕は香の潔癖症が治るきっかけになればと勧めた。
「うん……」
香が表情を曇らせ躊躇する。これだけ興味があっても、古本は駄目なのか……。
「凄く欲しいのよ。でも……」
と、その時、僕は良いことを思いついた。
「すみません、これください」
僕は店主さんにお金を払いガイドブックを買った。そんな僕を見て、香は戸惑った表情を浮かべている。僕の意図が分からないのだろう。
「この本を綺麗にクリーニングして今度のデートに持って来るよ。僕がページを開いても良いし、少しずつでも慣れれば良いかなって」
「ありがとう。心配掛けてごめんね。本当に読みたい本だから嬉しい」
餌で釣るんじゃ無いけど、香が一歩踏み出す勇気のきっかけになれれば嬉しい。そんな気持ちが彼女にも通じたみたいだ。
これからもずっと一緒に居たい人だから、焦らずゆっくりと付き合い続けていきたいと思った。
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