第6話 十月六日は夢をかなえる日

 ド(一〇)リーム(六)の語呂合わせ。

 

 いつも夕飯が終わるとすぐリビングに行ってテレビを観る夫が、今日に限ってテーブルに座ったまま難しい顔して何か考えている。食べ物も残って無いし、晩酌のビールも飲み切ったのに。まさか、ビールのお代わりを無言でアピールしてるの?


「ずっと座っててもビールのお代わりは出ないよ」


 私は牽制の意味で夫に声を掛けた。すると夫はハアーとこれ見よがしなため息を吐く。


「何よ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「俺はね、どうやったら夢がかなえられるのかずっと考えていたんだよ。ビールなんて小さいこと、どうでも良い」

「はあ?」


 あまりに突拍子もない夫の言葉に、変な声が出た。

 しかし夢をかなえるってどういうことよ? 高校生の息子達じゃあるまいし、四十過ぎたオッサンが夢を口にするなんて。


「まさか……仕事を辞めたいとか言い出さないでしょうね?」

「まあ座って落ち着けよ。仕事を辞める訳ないだろ。辞めたらどうやって家族を養っていくんだ」


 とりあえず仕事は辞めないみたいでホッとした。夫が一体何を考えているのか分からず、私は座って話を聞くことにした。


「夢って言ってもいろいろあるだろ? 例えば野球選手になりたいとか、アイドルになりたいとか、将来に対する夢」


 このオッサン何が言いたいんだと思いながらも、私は「うん」と相づちを打つ。


「あとは一戸建ての家が欲しいとか海外に住みたいとかな」

「その夢がどうしたって言うのよ」

「まあ、慌てんなよ。結局夢を実現させるって、自分がどう幸せになれるかってことだろ?」


 そう言われるとそうなのかなって思ったので、私はまた「うん」と相づちを打って頷いた。


「で、俺は自分がどう幸せになりたいか。幸せになると言う夢をどうかなえたいか考えたんだ」

「うん、それで?」

「ちょっと待っててくれよ」


 夫はそう言うとダイニングを出て寝室に向かう。こんな中途半端なタイミングでなによと思っていたら、手に何か隠して戻って来た。


「あなたを愛しています。これからもずっと一緒に居て下さい」


 夫はなぜか敬語でそう言うと、手に隠し持っていた小さな箱を開ける。ケースの中にはダイヤが一つ付いた指輪が入っていた。


「なっ……」


 私は驚いて言葉が続かなかった。凄く驚いたその後、今度は怒涛のように胸の奥から何かがこみ上げてくる。


「俺の幸せって何かって考えたら、やっぱりお前と歳取っても一緒に仲良く暮らして行きたいって思ったんだよ。それが俺の夢ってことだ」


 夫が照れくさそうに視線を泳がせながらそんなことを言っているが、私はこみ上げて来るものを抑えるのに必死で頭に入って来ない。


「も……」


 いよいよこみ上げて来るものを抑えきれず、決壊する時がきた。


「もうおお……サプライズは嫌いって言ってたでしょおお……」


 私は号泣しながらそう叫んだ。


「あっ……いや、お前を愛してるって気持ちを伝えたくて……」


 夫は号泣する私の反応が予想外だったのか、オロオロして言い訳する。


「私も愛してるわよ! 愛してなきゃ、給料も安いし家事も手伝わない男と一緒に居ないわよ!」


 こみ上げてきたものは、涙となってドンドン溢れ出す。


「サプライズなんてするから、私は何も用意してないじゃないの!」

「いや、お前は良いんだよ。毎日俺や息子たちの為に頑張ってくれているんだから」


 尚もオロオロし続ける夫が、オッサンなのに可愛く思えてきた。


「今日は私も飲むよ!」


 私は立ち上がり、ビールとグラスを取り出し、夫の分と自分の分を注いだ。


「二人の夢に乾杯!」


 私の勢いに押され、夫は戸惑った表情で乾杯する。

 私が泣き出した時に息子達も何事かと顔を出していたが、少ししたら気を遣ってくれたのか姿を消していた。


 私の夢はなんだろうか?


 考えたことは無かったけど、今日からは夫と一緒になった。


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