第29話 十月二十九日はインターネット誕生日の日

 一九六九年のこの日、インターネットの元型であるARPAネットで初めての通信が行われた。

 カルフォルニア大学ロサンゼルス校からスタンフォード研究所に接続し、”LOGIN”と入力して”LO”まで送信した所でシステムがダウンした。



 俺は魔王との気の遠くなるような長い戦いの末、奴の胸に剣を深々と突き刺した。

 戦いは終わった。魔王は力尽き、仰向けに倒れる。


「ようやく魔王を倒したぜ……これで平和が戻ってくる……」


 俺が荒い息でそう呟いた時、倒れている魔王がクックックと抑えきれないように笑い出す。


「何が可笑しいんだ! お前はもう致命傷を受けて、あと数分の命だ」


 俺は魔王の笑い声が不愉快で、倒れている奴に怒鳴った。


「……お、愚かな……勇者よ……この……勝負は、我々の勝ちだ……。我……我はもう最終兵器を人間界に……送り込んで……いる」


 魔王は虫の息でそう話す。


「負け惜しみを言うな!」

「負け惜しみ……ではない……それはもう……人間界に根を張り……無くてはならない物と……なっている……悪意をばらまき……人と人が憎しみ合う……まさに魔界の最終兵器……なのだ」


 途切れ途切れの声だが、魔王の言葉は確信めいていた。


「それは一体何なんだ……」

「その名は……インターネット……そこには人間界のありとあらゆる悪意が詰まっている……現代版パンドラの箱なのだ……開けてしまったが最後……もう……誰にも止められないだろう……」


 魔王はそこまで言うとこと切れてしまった。


「インターネットだと? そこにはありとあらゆる悪意が詰まっているだと?」


 俺は魔王の亡骸を呆然と見つめながら考えた。


 インターネットが魔界の最終兵器だと言うのか? インターネットは人間界に悪意をばら撒いているのか?

 俺は魔王の言葉など信じたくなかったが、冷静に考えるとインターネットが出来たことで、傷つく人が増えたのは事実だ。個人の主張が表現し易くなった分、言い争いも絶えない。意見の対立が表面化し、それがリアルでの対立に繋がっている。


「現代版パンドラの箱か……」


 人間は禁断の箱を開けてしまったのだろうか……。


 しかし……。


「魔王よ。お前は一つ忘れていることがある」


 俺は魔王の亡骸に語りかける。


「パンドラの箱には最後に希望が残っていた。インターネットにもそれは残っている。インターネトがあったからこそ救われた命もあるんだ」


 そうだ。インターネット内で聞いた話に救われたり、勇気づけられたりもしているんだ。


「人間は馬鹿じゃない。今は悪意に満ちたインターネットでも、将来的にはきっと希望に満ちたものに変えて行けるはず。俺は人間を信じるぜ」


 魔王の胸から剣を抜き、俺は戦いの場を後にした。 

 

 

 

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