2023年1月
第93話 一月一日は元日
新年の幕開けの日。年のはじめを祝う国民の祝日。
一九四八(昭和二十三)年七月公布・施行の祝日法によって制定された。
「明けましておめでとうございます!」
テレビを点けると、どのチャンネルでもおめでとうのオンパレードだ。でも俺にとっては何も変わりない普通の一日。今日も今からコンビニバイトの仕事がある。
三十歳目前の孤独な男からすれば、正月なんて何の意味も無い,,、普通の一日だ。
「お疲れ様でした」
午後六時。俺は元日のバイトを終えて、遅番のバイトに挨拶してバックルームを出た。
「原口さん」
俺は名前を呼ばれて振り返った。
俺を呼んだのは、一緒にバイトに入っていたフリーター女子の作本さんだった。
「はい」
俺は何の用だろうと考えながら返事をした。
作本さんとはバイトで一緒のシフトに入ることはあるが、事務的な話しかしたことなく、どんな人だかほとんど知らない。
「あの、良かったら、初詣に行きませんか?」
「ええっ、初詣?」
突然そんなこと言われて驚いた。バイト仲間とは言っても、とてもそんな関係性ではないからだ。
「これから何か用事があるんですか?」
「いや、何も無いけど……」
「じゃあ、良かった。私毎年欠かさず初詣に行ってるんですよ。でも今年は店長に無理やりシフト入れられて。元日におみくじ引かなきゃ調子出ないんですよ。でも一人で行くのもちょっとね」
こんなに良くしゃべる娘とは思わなかったので、少し意外だった。
「あっ、もしかして彼女さんに誤解されるとかですか?」
「いや、彼女は居ないけど……」
「気が進まないですか? まあ、それなら仕方ないですね。一人で行って来ます」
「あっ、行くよ。いきなりで驚いただけで、行くのが嫌な訳じゃ無いんだ」
もう俺を置いて歩き出そうとした作本さんを引き留めた。
行く気になったのは、別に作本さんがタイプでチャンスだと思ったからじゃない。俺みたいな奴を誘ってくれたのが嬉しかったし、独りぼっちで普通の日と何の変りも無い元日を過ごしてたのに、これで何か変化が起きそうな気がしたのだ。
「ありがとうございます! じゃあ、近くの神社に行きましょうか」
俺は作本さんに付いて歩き出した。
十分程歩くと、地元の神社に着いた。俺の住んでいるアパートは逆方向だったので、こんな神社があるとは知らなかった。
元日だからか、もう辺りは真っ暗なのに結構な人が初詣に訪れている。
拝殿の前にある手水舎(ちょうずや)で手と口を清めたのだが、目茶苦茶冷たかった。作本さんと「冷た過ぎ」って、顔を見合わせ笑った。
俺達は並んで拝殿の前に立ち、お賽銭を投げ入れて二礼二拍手一礼(にれいにはくしゅいちれい)してお祈りをした。
お祈りか。何を祈れば良いんだろう。俺は手を合わせながら考えた。
何か変化が欲しい。このままじゃ駄目だと分かっている。何か変化を。
「長い時間お祈りしてましたね。いっぱい願い事したんですか?」
「いや、何を願ったら良いのか分からなかったんで、考えてたら長くなったんだよ」
「願い事が無かったんですか? 生活が充実してるんですね」
作本さんは笑顔でそう言ってくれたが、現実は逆だった。充実なんてしていない。ただ、無意味に毎日時間を消費しているだけだ。
「じゃあ、メインイベントのおみくじ引きましょうか」
「おみくじがメインなんだね」
俺達は二人でおみくじを引いた。
俺は大吉。動けば道が開ける。
なかなか考えさせられる言葉だ。今まで生活に変化が無く、無意味な生活だと思っていても、何も行動を起こさなかった。これじゃあ変化なんて訪れる筈がない。
「良いこと書いてました?」
作本さんが聞いてくる。
「うん、大吉。書いてあったことも考えさせられたよ」
「それは良かったですね。私も大吉でした。恋愛運が良いみたいで嬉しいです」
「それは良かった」
俺達はおみくじをおみくじ掛けに結んで神社を出た。
「初詣に付き合って貰ってありがとうございました。やっぱり、一人で来るより良かったですよ」
「そうなら良かった」
俺達は神社を出て歩き出す。世間話をしながら、お互いの家の分かれ道まで来た。
「あの、良かったら、今度食事に行きませんか? 俺が奢るので」
俺は道すがらずっと考えていたことを作本さんに聞いた。なぜか敬語になってしまった。だって俺にとっては凄く勇気のいる言葉だったから。
「良いですよ。でも奢りは駄目ですよ。割り勘にしましょう。今日は私が付き合って貰ったんだから」
「ありがとう。それでお願いします」
これで作本さんとどうにかなるとは思っていない。そう簡単なものでも無いだろう。でも、良いんだ。動かなきゃ変化は来ない。
今年の元日は、何かが変わって行きそうな予感がする、特別な日になった。
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