第43話 十一月十二日は洋服記念日
全日本洋服協同組合連合会が一九七二(昭和四十七)年に制定。
一八七二(明治五)年のこの日、「礼服ニハ洋服ヲ採用ス」という太政官布告が出され、それまでの公家風・武家風の和服礼装が廃止された。
息子、洋介(ようすけ)の初めてのスーツ姿を見るのは、何とも言えない感慨深いものがある。
「馬子にも衣裳とは良く言ったものだな」
嬉しいくせに、そんな憎まれ口も叩いてしまう。
今日は洋介の大学入学式の日だ。朝早くから慣れないスーツを着て初登校準備をしている。
「そんなことないわよ。洋介は背が高いから何を着てもよく似合うわ」
父親と母親との違いだろうか。妻は洋介のことを素直に褒める。
俺だって立派になった洋介のスーツ姿に感動しているんだ。でも照れくさくて素直に言えないんだよ。
「父さんのスーツ姿よりカッコイイよ」
「俺はもう何十年と着続けているから、様になっているんだよ。ひよっ子と一緒にするな」
洋介の軽口に軽口で返す。いつの間にか洋介とこんな会話が出来るようになっていたんだ。小学校の入学式がつい昨日のことのように思えるのに、時間は思った以上に早い。そう言えば、あの時も初めて着る学校の制服に、洋介の成長を感じたものだ。着る服一つでそれまでとは別人かのように見違えてしまうから不思議だ。
「そうだ、まだ時間があるでしょ? 玄関で写真を撮りましょうよ」
「ええっ」
妻の提案に、洋介が嫌そうな顔をする。
「そんな顔をするな。お母さんもお前の入学を喜んでいるんだから」
「まあ、しゃーねえか」
文句を言いながらも、洋介は妻の提案に従った。
三人で外に出て、玄関の前に並ぶ。
「じゃあ、スマホをセットするからね」
洋介が門柱にスマホを置いて写真の調整をしている。
妻と並んで待つ間、あと四年経てば洋介も出て行くんだろうなと考えたら、少し寂しい気持ちになった。
子供の成長は嬉しさと寂しさが同居している。どんなに望んでも子供は可愛いままではなく、大人になってしまう。
「タイマースタートするよ!」
洋介はそう言ってスマホをタップすると俺と妻の間に並ぶ。しばらくするとタイムアップして写真を撮り終えた。
「オッケー上手く撮れたよ」
洋介がスマホで写真を確認してそう言った。
「どうしたの?」
洋介が俺の顔を見て驚く。俺は自分でも気付かぬうちに涙を流していた。歳と共に涙腺が弱くなってきた自覚はあるが、これには自分でも驚いた。
「あっ、いや、これは目にゴミが入ったんだよ」
俺は涙を手で拭きながら、ベタな言い訳で誤魔化した。
「そうなんだ。春だから花粉も飛んでるのかもね」
洋介はそう言って、下手な言い訳をスルーしてくれた。そう言った意味でも大人になってきたんだ。巣立って行く日まで、あっと言う間だろう。それまではまだまだ父親としてしっかりしなきゃな。
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