第44話 十一月十三日はいいひざの日
ゼリア新薬が制定。
「いい(一一)ひざ(一三)」の語呂合せ。
「ほら、もっとひざを柔らかく使って!」
俺は高校の柔道部に所属していて、今は立ち技のみの乱取りの練習中だ。いつものように顧問の先生から、ひざの使い方で指導が入る。
俺の弱点はひざと足首が固いことだ。いわゆるエックス脚と言うやつで、真っすぐに立つとひざが内側に寄っている。足首も固くてうんこ座りが出来ない。お尻がかかとに付かず、無理すると後ろに倒れてしまうのだ。
俺は柔道が好きだったが中学校には部が無く、高校で出来ると喜んでいた。だがいざ入ってみると、自分の身体的な特徴が弱点になっているのに気付いた。柔道は絶えず細かな体重移動や、体を上下に浮き沈みさせるスポーツだ。ひざや足首を柔軟に屈伸させないと不利になってしまうのだ。
それでも一年は頑張って練習し続けた。だが、ある程度のレベル以上には行けないと、最近は思い始めている。
「俺、部活を辞めようかと思ってるんだ」
部活終わりの帰り道。同じ部の同級生である
「ええっ、どうしてだよ!」
俺がいきなり打ち明けた所為で吉川は驚く。
「お前も見ていて分かるだろ。俺はひざと足首が固いから、もうこれ以上上手くはならないと思うんだ。だから続けても無駄だと思って」
「なんだ。そんなことかよ」
吉川は気が抜けたように、そう言った。
「そんなことって何だよ! 俺は真剣に悩んでいるんだぞ」
「まあ聞けよ。お前は将来柔道で飯食ってくつもりなのか?」
「えっ……」
吉川の突拍子もない質問に言葉が出ない。
「例えばお前のひざと足首が柔らかかったとしても、二回戦敗退が三回戦敗退に変わるだけだと思うぞ。オリンピックやインターハイ目指している奴らからすれば、五十歩百歩だ」
吉川は凄くドライな言い方をしているが、悔しいけど正論だった。
「だからさ、俺たちは自分なりにベストを尽くそうぜ。結果どこまでレベルを上げられたかより、どこまで一生懸命頑張れたかを目標にすれば良いんだよ」
「お前……」
目からうろこが落ちた。確かに俺たち程度のレベルで言えば、競技の上達よりもどれだけ一生懸命頑張ったかの方が重要かも知れない。たとえ一回戦負けの成績で終わったとしても、目一杯頑張った結果なら胸を張れるだろう。
「ありがとう、吉川。俺は部活を続けるよ」
「ああ、お前は柔道が好きなんだから、その方が良いよ」
俺はその後も頑張って部活を続けた。最後のインターハイ予選は三回戦負け。悔しい思いは有ったが、やるだけのことはやり切った清々しさも有った。
「吉川、あの時辞めるのを止めてくれてありがとう。今は本当に感謝してるよ」
最後の大会が終わった後、帰り道で吉川に礼を言った。
「いや、実はあの時、俺も辞めたかったんだよ。でも先に言われたら、何とか止めないとって思ってしまってな。あんな出まかせの屁理屈で思い留まるとは思わなかったけどな。
でも残ってくれて良かった。俺も辞めずに続けられたからな。俺の方こそありがとうだよ」
あの言葉が口から出まかせだったとは驚いたが、吉川を恨む気は全然無かった。吉川の言葉通り、一生懸命頑張れたという素晴らしい目標を達成出来たのだから。
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