第193話 四月十一日はガッツポーズの日
一九七四年のこの日、ボクシングWBCライト級タイトルマッチで、ガッツ石松がチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスに勝利した。
その時両手を挙げて喜びを表わした姿を新聞記者が「ガッツポーズ」と表現したのが、ガッツポーズという言葉が広まるきっかけとなった言われている。
「ハーイ! こんにちは!」
舞台のソデから、スラっとしたイケメンと大柄のいかつい顔した男が、出囃子に乗って勢いよく出て来る。二人は青地に白のストライプの、見るからに漫才師と分かるお揃いの背広姿だ。
「ケンシロウでーす!」
突っ込み役のイケメンが手を上げて自己紹介する。
「ラオウです」
ボケのいかつい男がマイクに顔を近付けて低い声で自己紹介する。
「二人揃って世紀魔ツーです!」
二人とも両手でピースサインを作り前に出す。
「実はガッツポーズを世間に広めたいと思ってるんやけどね」
ラオウがケンシロウに話を振る。
「いきなりガッツポーズってなんやねん」
ケンシロウがラオウに突っ込む。
「だって、俺って昔からガッツ石松さんを崇拝している人やん?」
「いや知らんし! 二十年コンビ組んで来たけど初めて聞くし!」
「ガッツポーズて、ガッツ石松さんから広まったポーズなんやで」
「おい、スルーすんなよ! 俺達の二十年をスルーするな! 俺とお前の二十年はなんやってん!」
ケンシロウが鋭く突っ込む。
「まあええわ。でもガッツ石松さん崇拝してるって言うけど、好きな数字を聞かれて『ラッキーセブンの三』って答えるような人なんやで」
ケンシロウが諭すように話す。
「なにそれ意味分からんな」
「意味わからんやろ。それだけやないで『私の将棋は王将を取られてからが強いんです』って言う人なんやで」
「それも意味分からんな! って言うか、お前めっちゃガッツ石松さんのこと詳しいやん」
「おう、俺も昔からガッツ石松さんを崇拝してるからな」
ケンシロウが胸を張る。
「いや、知らんし! コンビ結成して二十年になるけど、初めて聞いたし!」
今度は逆にラオウが突っ込む。
「だいたい、ガッツポーズって世間に十分に広まってるやろ。これ以上どんな風に広めたいんや?」
ケンシロウがラオウに訊ねる。
「例えば町を歩いてたら、目の前でもガッツポーズ、左向いてもガッツポーズ、右向いてもガッツポーズって感じ」
「嫌やなそれ! 何か凄く負けたって気持ちにならんか? 周り全部、俺に対して勝ったってガッツポーズしてるみたいやん」
ケンシロウがラオウに突っ込む。
「まあええわ。ガッツポーズって勝った時や嬉しい時にするポーズやろ。今まで勝ったりしてもガッツポーズして無かった場面で、敢えてやれば広がるんちゃうか」
「あ、ハイ! 思い付いた!」
ラオウが手を上げる。
「どんな時にガッツポーズするの?」
「藤井聡太六冠がタイトル戦に勝利した時にガッツポーズしたらどないや?」
「アカンやろ、それ! 想像してみ。羽生九段が『参りました』って頭下げてる前で……」
「うーん、ガッツポーズ!」
二人揃ってコミカルなガッツポーズを決める。
「失礼すぎるやろ! 将棋界の宝に何やらすねん! イメージだだ下がりやで」
「あかんか……」
残念そうなラオウ。
「有名人とかじゃなく、普通の人が出来ること考えたらどうや? 自分で嬉しかった時とか無いか?」
「あっ、ハイ! 思い付いた」
ラオウがまた手を上げる。
「どんな時にガッツポーズをするの?」
「混んでるスーパーのレジで、隣の列より自分の列の方が早かった時に」
「うーん、ガッツポーズ!」
二人揃ってコミカルなガッツポーズを決める。
「気い悪いわ! そんなんされたら喧嘩してまうわ!」
「じゃあ、自動販売機でジュース買った時にお釣りが残ってた!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「あかんて、それ犯罪になるから!」
ケンシロウがラオウの頭をはたく。
「それにお釣りが残ってることなんて無いやろ! 俺は三十八年生きて来て一回も無いぞ!」
「じゃあ、次は……」
「またスルーか! コンビ結成から二十年もスルーして、俺の人生三十八年もスルーするんかい!」
ケンシロウがまたラオウの頭をはたく。
「ああ……次々浮かんで来た。ガッツポーズが次々浮かんで来たぞ!」
「じゃあ、どんどん行こ!」
「デートの日に天気が快晴だった!」
「おお、いいね!」
「うーん、ガッツポーズ!」
ガッツポーズを決める二人。
「おみくじで大吉が出た!」
「その調子、その調子!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「テストで百点取ったと思ったら、二百点満点だった!」
「えっ、それ半分しか正解してないやん!」
「うーん、ガッツポーズ!」
変だと思いながらも、流されて一緒にガッツポーズしてしまうケンシロウ。
「彼女が出来たと思ったら、人妻だった!」
「アカン! それ、不倫やで!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「冷蔵庫にコーラが入ってると思って一気飲みしたら麵つゆやった!」
「それ、死んでまうで!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「電車で可愛い女の子が隣に来たと思ったら『痴漢!』って叫ばれた!」
「それ、触ったん? 触ってないの?」
「うーん、ガッツポーズ!」
「息子が結婚相手連れて来たら男やった!」
「いや、今それはアカン! 笑いにしたらアカンやつや!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「宝くじ買ったら、前前後後賞やった!」
「それ、全然意味ないから! ただのハズレやから!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「阪神優勝した! って思ったら夢やった!」
「もう夢でも良いわ! せめて夢だけでも見させてよ!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「Mー1にエントリーするの忘れてた!」
「それアカンやろ! 今までで一番アカンやつや!」
「うーん、ガッツポーズ!」
「ええ加減にせい!」
ケンシロウがキレてラオウの頭をはたく。
「途中から無茶苦茶やないか! こんなんでガッツポーズしたらガッツ石松さんも怒って来るで!」
「大丈夫俺もガッツさんと一緒で、好きな数字は『ラッキーセブンの三』やから!」
「もうええわ!」
二人は頭を下げると、舞台のソデに引っ込んで行った。
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