第39話 十一月八日はいい歯の日

 日本歯科医師会(日歯)が制定。

 「いい(十一)歯(八)」の語呂合せ。



 特に人より取り柄の無い俺だが、一つだけ自慢出来ることがある。それは歯並びが綺麗なことだ。ちゃんと隙間なく綺麗に並んでいるので、歯に食べかすが挟まることが無い。磨きやすいのでどの歯も白く光っている。


 そんな俺の歯並びが綺麗なのには訳がある。それはまだ小学生低学年の頃の話だ。

 俺は当時、まだ一度も乳歯が抜けたことが無かった。ある日、自分の歯がグラグラ動くのを感じ、焦った俺は慌てて両親に報告したんだ。すると俺の話を聞いた親父は嬉しそうにこう言った。


「そうか、大人になってきたんだな。それは下から大人の歯が生えてきたから、子供の歯が抜けそうになっているんだ。だからグラグラしてきたなら、その歯を動かし続けて早めに抜くと良い」

「ええっ、だって触ると痛いよ」

「あのなあ、そのまま子供の歯を抜かずにいたら、大人の歯が横から生えてくるぞ。早く抜いて大人の歯が真っすぐ生えてくる場所を空けてやるんだ」


 ダジャレが好きなお調子者で、威厳とはほど遠い親父だが、この時の表情は真剣そのもの。俺は幼いながらに親父の言うことに説得力を感じて、言う通りにしてみた。

 何をしている時にもグラグラしている歯をいじり、動かし、早めに抜くようにする。そうしていると親父の言う通り、永久歯が真っすぐに生え綺麗な歯並びになったのだ。親父を信じて良かったと感謝した。


 最近、そんな俺が、さらに親父に感謝した出来事があったのだ。


 高校一年生の俺は最近彼女が出来た。美玖(みく)という、ショートカットで活動的な可愛い女の子だ。

 入学式の日に彼女を見た瞬間、俺は一目惚れした。なんとか親しくなりたくて積極的に話し掛けたりしたが、ライバルも多くて上手く行かない。俺は先に他の男に美玖ちゃんを取られてなるものかと、思い切って告白することにした。

 特に勝算があった訳じゃない。当たって砕けろの精神だった。


「うん、良いよ。実は私も浩司(こうじ)君のことを気になっていたから」


 なんと返事はオッケーだった。信じられない思いだった。


 俺は有頂天になり、付き合いだしてからも美玖ちゃんにもっと気に入られるように、デートプランを立てて遊びに誘ったり、毎日マメに連絡を取ったりしていた。その甲斐あって、俺たちはクラスでも羨まれるほどの仲の良いカップルになった。


 ただ、一つだけ俺には疑問があった。なぜ美玖ちゃんは特に優れたところの無い俺のことを気になっていたかと言うことだ。俺は幸せだったが、同時にその理由が分からず不安も感じていた。


 ある日、我慢が出来なくなり、直接本人に聞いてみた。

 結果、彼女から驚きの答えが返ってきた。


「あの……怒らないで聞いて欲しいんだけど、歯並びが綺麗で、さわやかで良い人に見えたからなの」


 俺はそれを聞いて、なぜ歯並びが綺麗なのか、その理由と親父に感謝していることを彼女に話した。

 すると美玖ちゃんは笑顔になってこう言ったんだ。


「やっぱり、浩司君と付き合えて本当に良かった。だって謙虚で素直で優しいんだもん。今だって『歯並びで気に入るなんて俺の中身を見ていないのか』って怒られるか心配だったんだよ。でも、喜んでくれて、しかもお父さんのお陰だなんて」


 そして美玖ちゃんは俺の手を握って、微笑んでくれた。


「最初は歯並びが綺麗だったからだけど、今は中身も好き。付き合えて本当に良かったと思ってるよ」


 俺はとろけそうな甘い気持ちになり、俺も大好きだと伝えた。


 近々、両親に美玖ちゃんを紹介したいと思っている。きっと彼女と会ったら、二人とも喜んでくれる筈だ。

 あっ、美玖ちゃんに合わせる前に、親父に下手なダジャレは言わないように釘を刺しておこう。

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