第40話 十一月九日は一一九番の日
消防庁が一九八七((昭和六十二)年に制定。
電話番号一一九に因んで。
この日から一週間は「秋の全国火災予防運動」が行われる。
子供の将来なんて、何が切っ掛けで変わるか分からない。私の息子もそうだった。
あれはまだ息子が未就学児だった頃。私は息子の手を引いて、近所のスーパーまで買い物に行った帰りだった。歩道を歩いていると、「ピーポーピーポー」と救急車の音が聞こえてきた。
「お母さん! 『ピーポーピーポー』って!」
息子は今まで絵本では見たことあったけど、実際には初めて見る救急車に興奮して私に教えてくれた。
「あれはね、救急車のサイレンの音よ。救急車は、イタイイタイになった人を病院まで運んでくれるのよ」
「僕も救急車に乗りたい」
「駄目よ。あれは病気や怪我をした時に呼ぶものだから」
「僕も呼ぶ!」
「駄目だって!」
何とかなだめて家に帰ったものの、彼は諦めきれなかったようだ。
「仕方ないわね」
私はおもちゃの電話機を持って来て、一一九に電話する内容を全てひらがなで書いて渡した。
「これで練習しなさい。もし病気になった人が居たら、本当に電話して良いから」
息子は覚え始めたひらがなを頑張って読み、おもちゃの電話で練習し始めた。あまりに真剣で可愛く、私は陰から見守っていた。
すぐに飽きると思ってたのに、息子はそれ以降、毎日毎日練習している。よっぽど救急車を呼んでみたいのだろう。
それから数カ月経ち、さすがに息子も飽きてきたのか、毎日練習はしなくなった。でも、数日に一回は、思い出したようにおもちゃの電話を取り出して、救急車を呼んでいる。もう紙を見なくても暗記しているようだった。
そんなある日、息子を一人で遊ばせながら家事をしていたら、急に激しいお腹の痛みと吐き気に襲われた。なんとかトイレに駆け込むが、嘔吐してもお腹の痛みは増すばかりで治りそうもない。
「お母さん大丈夫?」
息子が心配になって来てくれたが返事も出来ない。
「お母さん、イタイイタイの?」
そう聞かれても、私は頷くのがやっとだった。
「僕、救急車呼んでくる!」
私は朦朧とする意識で、救急車より近所の大人に助けを求めて欲しいと思ったが、それを伝えることすら出来なかった。
「お母さん! 救急車来てくれるって!」
息子の言葉通り、しばらくすると救急車のサイレンが聞こえてきた。
私は涙が出そうなくらい嬉しかった。息子が練習してたのが役に立ったんだ。
私は病院に運ばれ、即手術となった。虫垂炎が酷くなっていたようだ。
「僕、凄く頑張ったんだよ!」
手術が終わり、病室のベッドに横たわっていると、息子が誇らしげに報告してきた。
「一人で救急車呼んでくれたんだって。先生も感心してたよ」
すぐに駆けつけてくれた夫も、驚いたようにそう言った。
「ありがとう。お母さん本当に助かったわ」
私は息子を抱きしめた。
その件で息子は、私を病院まで運ぶ救急隊員さんがヒーローのように見えたそうだ。それ以降、彼の将来目指すものが決まった。どうすれば救急隊員になれるかを考え、頭も体も鍛えた。その甲斐あって、今は立派に救急隊員として活躍している。
小さい頃の出来事で憧れを見つけ、青春をその目標の為に費やした。息子は幸せな人生を歩んでいると思う。
あの帰り道に、救急車と出会えたことに感謝だ。
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