第57話 十一月二十六日はいいチームの日
グループウェアを開発しているソフトウェア会社のサイボウズが制定。
「いい(一一)チーム(二六)」の語呂合せ。
柔道の試合会場が一つ分スッポリ入って、少し余裕があるくらいの柔道場。それが俺、
私学に進学を考えてなかった俺は、通学範囲内にある公立の中で一番の強豪校であるこの学校を選んだ。だが、今は後悔している。
確かに三年生が現役だった時までは、私学のシード校に善戦出来るくらい強かった。だが、インターハイ予選に敗退して三年が引退した後、残りの部員の状況は悲惨としか言いようがない。
三年が引退して初めての練習で、顧問の高木先生が放った一言。
「お前達は県内で一番弱い。だが、俺を信じて努力すれば、必ず強くしてやる」
県内で一番弱いですか。まあ、そう言われても仕方ないし、俺自身もそうじゃないかと思う。
部員は二年が三人、一年が三人。そのうち初段以上である黒帯は、キャプテンの中村さん以外居ない。そういう俺もまだ白帯なので偉そうには言えないが、でも高校で一年も続けていれば、殆どの人が初段ぐらいは取れる。なのに、残りの二年の二人はまだ白帯で昇段試験に落ち続けているのだ。一年にしても、俺と芳樹は経験者だが、強いかと聞かれれば首を横に振るしかない。もう一人の浜田も体が小さく、同級生の俺や芳樹にまで遠慮しながら話をするぐらい気も弱そうだ。
こんなメンバーでも、高木先生の言う通り信じて努力するなら良いのだが、それがそうじゃ無いから辛い。今だってそうだ。
今日は高木先生が出張で部活に出られない。名ばかり顧問の先生が居るにはいるのだが、まず練習に顔を出すことは無い。生徒だけで自主練となっているのだ。
高木先生の目が無いと、二年生たちは完全にだらけ切っている。試合形式の寝技や立ち技の乱取りも社交ダンスかと思うぐらい、技の一つも掛けたりしない。
「休憩!」
三本目の乱取り練習が終了した直後、中村さんが休憩を皆に伝える。俺は中村さんの指示に驚いた。
乱取りは一本三分間。一本終わるごとに相手を変える練習なのだが、通常は十本続ける。なのに、今はまだ三本続けただけなのだ。
「ちょっと待ってください。さっき休憩したばかりじゃないですか」
乱取りが始まる前にも休憩をしていた。ものの十分程前だ。
「若宮、こまめに休憩入れなきゃ熱中症が怖いだろ。特に今日は先生も居ないんだからな」
サボりたいだけだと分かっていたが、そう言われればキャプテンに逆らう訳にもいかない。
「分かりました。俺、トイレに行ってきます」
俺は白けてしまって、本当にトイレに行きたかった訳じゃないが、道場を出た。
道場は体育館建屋の一階にあり、出るとすぐにグラウンドが見える。どの運動部も、一生懸命練習していた。俺は道場に戻る気も無く、なんとなく、グラウンドに降りる三段だけの階段に腰を下ろした。
頑張って汗を流している他の部員を見ていると、自分は何をしているのかと情けなくなる。
「おい、直人」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。振り返らなくても芳樹だと分かる。
「もう練習が始まったのか?」
俺は横に座った芳樹に訊ねた。
「いや、まだだ。先輩たちはお喋りを続けてるよ」
「そうか……」
芳樹も座ったまま立とうとせず、グラウンドを眺めている。
「俺さあ、中学時代、ずっと補欠だったんだよ」
グラウンドを眺めながら、俺は芳樹に呟いた。
「あ、俺もそう」
「そうなのか……でもさ、俺は凄く真面目に練習してたんだぜ。でも、体が大きい奴とか、小学校時代からの経験者が居たりとかで、試合には出れなかったんだ……」
俺はなぜ、芳樹にこんな話をしているのか、自分でも分からなかったがとにかく聞いて欲しかった。
「奴らより弱くても、真面目に頑張ることは立派だと思って、俺はずっと続けていたんだよ。でも、奴らに馬鹿にされたんだ。こんなに練習しているのに、真面目だけが取り柄の駄目な奴だってな」
俺はあの時の悔しさを思い出して涙が浮かんできた。
「だから強くなりたいって思ったんだ。頑張るだけじゃなく、結果として強くならないと、馬鹿にされるんだってな」
俺が話し終わった後、芳樹も何も言わず、沈黙が流れた。
「俺は、よく分かんないけど……そいつらの方が駄目な奴だと思う」
芳樹がぼそりとそう言う。
「そうだよ! そんな奴ら最低だよ!」
いつの間に来ていたのか、後ろに浜田が立っていた。
「浜田……」
「僕だって同じようなものだよ。小さくて、弱くて、ずっと馬鹿にされてきた。でも、本当に馬鹿なのは相手の方だ。僕も絶対に強くなる。一緒に頑張ろうよ」
「俺も頑張る。直人も一緒に頑張ろうぜ」
二人に励まされ、勇気が生まれてきた。
「よし、やろう!」
俺は立ち上がり、道場に戻る。道場では、まだ先輩たちが座ってお喋りしていた。
「中村さん、相手してください」
中村さんはウザそうに、チッと舌打ちして「練習するか」と腰を上げた。
中村さんは中学からの経験者で、上級生にしごかれていたらしく、それなりに強い。今の俺では歯が立たないくらいだ。
俺の態度が気に食わなかったのか、珍しく本気で相手をしてくれた。何度も何度もなげられたが、俺はその都度立ち上がり、向かって行く。
「よし、一本終了。相手交代!」
タイマーが鳴ったので、中村さんが皆にそう伝える。
「お願いします!」
俺はまた中村さんの前に立ち、相手を頼んだ。
「相手を変えなきゃ駄目だろ」
「でも、お願いします!」
俺がもう一度頼むと、中村さんはまた舌打ちしたが、乱取りの相手をしてくれた。今度はさっき以上に、中村さんも気合が入っている。きっと俺をしごいて、後悔させるつもりなんだろう。
だが、また一本終わると、俺は中村さんに相手を頼んだ。もう中村さんは舌打ちせず、息を切らせ、汗を滴らせ、相手をしてくれた。芳樹や浜田も、それぞれ他の先輩と続けて乱取りしている。二人も投げられ続けているが、立ち上がり喰らいついていた。
あっと言う間に練習時間が終わった。二年生から何か言われるかと思ったが、案外先輩たちも満足そうな顔をしていた。
「気持ち良いな」
部室に引き上げる途中で、芳樹が俺の肩を叩いて微笑む。浜田も横に居た。
「ああ、気持ち良いな」
俺はこいつらとなら、まだまだ頑張れそうな気がした。良いチームになれる予感がしたのだ。
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