第81話 十二月二十日は道路交通法施行記念日
一九六〇(昭和三十五)年のこの日、「道路交通法」(道交法)が施行された。
今日は夫が休日出勤の代休で休みになったので、年末年始の買い物に出掛けている。
(今日は道路交通法が施行された記念日です……)
カーラジオからDJの声が流れている。
「最近は飲酒運転や煽り運転が厳罰化されたから、本当に良かったよ。その二つで捕まったら社会的な信用を失うから、抑止力になってるよね」
「ホントね。でも未だに飲酒運転する人がいるみたいよ。飲食店に務めている友達に聞いたら、車で来てないか聞いても平気で嘘吐く人がいるみたい」
「そんな奴らの自分だけは大丈夫っていう根拠のない自信は何なんだろうな。そんな奴らのせいで怪我や命を失ったら死に切れないよ」
そんな話をしていると、先の信号が赤になったので、夫は車を減速しだした。前の車から次々に信号待ちで停車しだしたのだが、夫は前の車と結構な距離を空けて車を停めた。側道から合流したい車がいたので、自分の前に入るように譲ってあげたのだ。
「道路交通法じゃないけど、あなたって、いつもマナーが良いよね。まあ、それが当たり前と言えばそうなんだけど、自然にそうしているのが立派だと思うわ」
夫はどんな時でも、自然に譲る運転が身に付いている。それがとてもスマートで私は好きだった。
「立派と言われると気が引けるよ。自然に出来るのは裏があるんだ」
信号が青に変わったので、夫は前を向いて車を発進させながらそう言った。
「裏って何?」
「実はね、俺は何か良いことをする度に『俺って凄い良い奴!』『俺って最高!』って感じで自分で自分を褒めているんだよ。自分は良い人間、聖人だって優越感に浸りながら善い行いをしてきたんだ」
あまりにも意外な言葉に驚いた。そんな様子はチラリとも見せなかったのに。
「もしかして、自治会の役員を引き受けたのも?」
夫は前を見て運転しながら頷いた。
「もしかして、家事を積極的に手伝ってくれたり、ボランティアで少年野球のコーチをやってるのも?」
夫はまた頷く。
「やっぱり引いたよな。黙っていようかと思ったんだけど……」
「凄いじゃない!」
「えっ?」
夫は私の反応が意外だったのか、横目で私を見る。
「前向いて運転して。危ないわ」
「いや、だって……」
「そんな動機であれだけ大変なことを自分から出来るなんて本当に凄いことよ」
私は本当にそう思っていた。だって、他人から褒めて貰うならまだしも、自分で自分を褒めることでモチベーションを高めるなんて、意思が強くなければ出来ないと思うから。
「そ、そうなのかな……」
夫は私の反応に戸惑っている。
「そうよ。最近ワールドカップで話題になった、日本のサポーターのゴミ拾いの件があったでしょ。あれもね、注目されたいとか、称賛されたいとかの気持ちが有っても良いと思うの。だって、あのゴミ拾いが他の国にも広がったでしょ。どんな気持ちであれ、良いことが広がったのよ」
「そうだよね。あれは本当に良かった」
「みんながあなたみたいな気持ちになったら、道路交通法も普通の刑法も要らなくなるわ。それぐらい凄く立派なことしてるのよ」
「ありがとう。なんか、今まで以上にやる気が出てきた」
横顔を見ているだけでも、夫が喜んでいるのが分かる。
「それは良かった。私もあなたを見習って、自分で自分を良い人間だと思えるように行動してみるわ」
「あっ、だったら晩酌のビールをもう一本増やしてくれたら嬉しいな。良い奥さんだと思うよ」
「それは駄目。だってあなたの健康の為だもの。夫の健康を考える、私って良い奥さんだわ」
これは冗談だけど、夫の行動は本当に見習うべきだと思った。
常に自分で自分を良い人間だと思えるように行動する。難しいけど頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます