第80話 十二月十九日は日本人初飛行の日
一九一〇(明治四十三)年のこの日、東京・代々木錬兵場(現在の代々木公園)で徳川好敏工兵大尉が日本初飛行に成功した。飛行時間は四分、最高高度は七十m、飛行距離は三千mだった。
実際には五日前の十四日に陸軍軍人・日野熊蔵が飛行に成功していたが、公式の飛行実施予定日ではなかったため「滑走の余勢で誤って離陸」と報告された。
「先輩、今日は日本人初飛行のの日って知ってました?」
昼休みに愛妻弁当を食べ終わった俺は、自分のデスクでコーヒーを飲みながらスマホを触っていた。すると食事から帰って来た後輩の吉田が、俺の隣の自分の席に座るなり、そう聞いて来た。
「いや、知らなかったけど、そうなのか」
「そうなんですよ。明治四十三年の今日、徳川好敏って人が日本人で初めて飛行機に乗って飛んだんです。でもね、この話には裏が有って、実はその五日前、日野熊蔵って人が非公式に飛んでたんです」
「そうなんだ。じゃあその日野って人は日本人初飛行の名誉を横取りされたって訳か?」
「横取りって言い方はどうかと思いますが、初飛行士って名誉は与えられなかったんです」
「それは腹が立つだろうな。抗議したんだろうか?」
俺はもし自分がその立場だったら絶対に抗議しているだろうと思った。そういう不公平は黙ってられないタイプだから。
「でもね、先輩。考えてみて下さいよ。その日野って人が、妬んだり腹を立てたりせずに、徳川さんの初飛行を称えたとしたら。凄いと思いませんか? 人間の器が大き過ぎますよ」
「それは凄いと思うけど、そんな奴おらんだろ。人間として大き過ぎるわ」
「いや、僕はね、常々先輩はそういう人だと思っているんですよ」
「そんな人ってどういう意味だよ」
「妬んだりせずに相手の功績を称えるぐらい、先輩の器は大きいと思っているんです」
「そんな訳ないだろ。俺なら一番に抗議してるぞ。人に手柄を横取りされるぐらい腹立つこともないからな」
「そんなこと無いです! 先輩は立派で人間として大きな人なんです!」
「ええっ……そ、そうか、ありがとう」
なぜか立ち上がってキレ出した吉田に圧され、お礼まで言ってしまう俺。
「で、ここからが本題です」
「なんだよ、本題があるのかよ」
「実はこの前提出した、社長賞の懸かったアイデアコンテストの書類。あれを、先輩の名前を書き忘れて自分の名前だけで提出してしまったんです」
「ええっ! あれは一緒にって言うか、俺がメインで考えたやつだろ! なんてことしてくれたんだ!」
俺は思わず大きな声で怒鳴ってしまった。
「すみません! 気が付いて課長に言ってみたんですが、もう提出したから諦めろって……」
「勘弁してくれよ……」
あれは気合が入ってただけにガッカリした。
「あっ、でもここで僕に手柄を譲ってくれれば、先輩も日野さんのような大きな人間になれますよ!」
「俺は小さな人間で結構だよ!」
俺達は徳川と日野のような歴史に名を遺す人間にはなれないなと、痛感したのだった。
※今回のお話はカクヨムで公開されている
ヨシダケイさん作「大空を征く」を参考にさせて頂きました。
こちらも読めば倍楽しめますよ!
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