第118話 一月二十六日は有料駐車場の日、パーキングメーターの日

 一九五九年のこの日、東京都が日比谷と丸の内に日本の公共駐車場初のパーキングメーターを設置した。

 料金は十五分単位で十円だった。



 俺の母は有料駐車場を経営している。駐車場は安産祈願で有名なお寺のすぐ傍に在り、参拝客に時間ではなく一回千円で貸している。

 母が親から受け継いだ土地で、父が生きていた時からずっと母が経営していた。


「母さんも歳なんだから、コインパーキングにして楽したら良いのに」


 俺は実家に帰るたびに、母にそう言った。母は昔ながらに、出入口に設置したプレハブの小屋で、お客さんが来るたびに表に出て接客しているのだ。もう七十近い母には楽な仕事とは言えないだろう。


「私が丈夫で働けるうちは、今のままで良いのさ。これでもお客さんに喜んで貰えてるんだよ」

「お客さんがどう喜ぶんだよ」

「まあ、見ればわかるさ。今度一緒に働いてみなよ」


 確かに母の働きぶりを見ずに文句を言うのは違うと思ったので、俺は次の休みの日に駐車場に出てみることにした。



「いらっしゃいませ!」


 母は車が入って来るたびに、にこやかに挨拶する。今日は日曜なのでお客さんも多く、小屋に引っ込んで居られないぐらいだ。


「母さん、小屋で休んでなよ。俺がやるからさ」

「お前は私の働きを見ていれば良いんだよ」


 母はそう言って譲らない。仕方ないので、俺は少し離れて様子を見ることにした。


「初めてのお子さんですか?」


 母は若い夫婦のお客さんに、お金の受け渡しをしながら話し掛けた。


「そうなんですよ。初めてのお産で心配だから、安産祈願の御祈祷してもらいに来たんです」


 お腹が少し目立ってきた、妊婦の女性が答える。


「ここは安産祈願で有名だから、御祈祷して貰えばきっと大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「あとね、この駐車料金の領収書がお守りになるって有名なんですよ」


 母は領収書を渡しながらそう言った。


「そうなんですか?」

「ここで安産祈願した女性が、お宮参りでまた来た時に言ってくれたんですよ。この領収書をお守りの中に入れてたら凄く安産だったって。それ以来他の妊婦さんにもその話をしたら、効果があったってみなさん言ってくれたんです」

「そうなんですね! 私もやってみます」


 妊婦さんは母の話を聞くと、嬉しそうにそう言ってお寺に向かった。


「あんなでたらめ言って良いのか?」


 俺はお客さんが見えなくなってから、母にそう言った。


「でたらめじゃないよ。本当にみなさん言ってくれてるんだ」

「だとしても、ここの領収書の効果じゃなくて、お寺の御祈祷のお陰だろ」

「だとしてもさ、出産なんて不安なものなんだよ。少しでも安心できる材料は多い方が良いのさ」


 母は俺の反論など気にも留めない様子でそう言う。


「私みたいな年寄りが言うから余計に信憑性を感じるんだ。だから、少しでも多くの妊婦さんの為に、私はここに立ち続けるんだよ」


 そう言う母は自信に満ちた表情をしていた。きっとこの仕事にやりがいを感じているのだろう。


「分かったよ。もうコインパーキングにしろとは言わないから、好きにすれば良いさ。でも、体がしんどい時は、無理しないでくれよ」

「ああ、分かったよ。ありがとう」


 母は優しい笑顔でそう言った。

 その笑顔を見て、無理に休ませるより今のままの方が母の為かと、俺は考えを改めた。

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