第111話 一月十九日はのど自慢の日

 一九四六(昭和二十一)年のこの日、NHKラジオで「のど自慢素人音楽会」が開始された。



 俺は最低週二回は行くぐらいのカラオケ好きだ。いつも会社帰りに自宅最寄り駅の前にあるカラオケ屋で歌っている。だが悲しいことに友達が居ないので、一人カラオケばかりだ。

 一人カラオケは順番待ちも無く歌える曲数が多くなるので、俺のようなカラオケ好きには都合が良い。だが、毎回一人だと張り合いがない。上手く歌えても誰もノッてくれないし、褒めてもくれない。やるせない気持ちになる時があるのだ。


 そんな俺にも、一緒に歌ってみたいと思う相手が出来た。相手が出来たと言っても、一度も一緒に歌ったことは無いし、名前さえ知らない。その人は同じカラオケ屋さんでよく見る女性だ。その女性はたぶんどこかの会社のOLで、会社帰りに来ているのか、スーツ姿で歌っている。しかも俺と同じでいつも一人カラオケだ。その女性の入っている部屋の前を通ったことが有るのだが、いつも楽しそうに歌っている。しかも俺好みの曲だし、その上凄く上手い。一緒に歌えば絶対に楽しいと思う。

 彼女を意識しだしてからも、何度かカラオケ屋で見かけることがあった。でも、俺は気安く声を掛けられるような性格じゃなく、ただ思いを募らせるだけだった。


 そんなある日、チャンスが訪れた。カラオケ屋に入ろうとした時、入り口前で彼女とタイミングが重なったのだ。


「どうぞ」


 同時に自動ドアの前に立ってしまったので、俺は彼女に先を譲った。


「あっ、ありがとうございます」


 彼女は小さく頭を下げて先に店に入ろうとする。

 俺はその時、これはチャンスなんじゃないかと思った。このタイミングで声を掛けられなかったら、もう絶対に無理だと思った。


「あ、あの、すみません」

「えっ? は、はい……」


 俺が後ろから声を掛けたので、彼女は振り返る。突然声を掛けられたからか、彼女は戸惑ったような顔をしている。


「あ、あの……も、もしお一人なら、良かったら、私と一緒に、カ、カラオケしてもらえませんか?」


 俺はどもりながらも、なんとか彼女を誘う。


「えっ……」


 彼女の顔に警戒の色が浮かぶ。


「いや、ナンパじゃないんです。いつも一人カラオケしてて、たまには誰かと一緒に歌いたいなって思って、その……、も、もちろんカラオケ代は私が出しますし……」


 焦った俺は言い訳がましく言葉を続けた。


「あっ、いや、一緒にカラオケするのは良いんですが、代金は自分で出しますよ。私もたまには誰かと歌いたいと思っていたんで」


 そう言って彼女は少し笑ってくれた。


「ありがとうございます! あっ、私は藤堂です」

「あっ、私は桜井です」


 勇気を出して良かった。俺は桜井さんにお礼を言って、一緒に店に入った。

 俺の会員カードで手続きして、部屋に入る。俺は桜井さんを不安にさせないように、距離を空けて座った。


「本当にありがとうございます。実は前から、あなたがこの店で歌っているのを見たことがあって、一緒にカラオケしたら楽しいだろうなって思っていたんです。だから凄く嬉しいです」

「そうなんですか! あの……実を言うと、私も藤堂さんが歌っているのを見て、音楽の趣味が似てるなって思ってたんですよ。だから誘われた時には驚いちゃって」

「ホントですか? それは凄く嬉しいな」


 桜井さんも俺を意識してくれてたなんて、嬉し過ぎて信じられない気持ちだ。

 俺達は早速、選曲して歌うことにした。二人ともカラオケメーカーの会員登録をしているので、ログインして曲を入れた。

 先に入れた桜井さんの曲のイントロが流れ出す。俺は画面に出て来た彼女のアバターを見て「あっ」と声を上げた。


「どうしたんですか?」

「あっ、いや……」


 曲に入ったので、俺は言葉を止めた。桜井さんもそのまま歌いだす。アバターを見て分かっていたが、やはり凄く上手い。

 桜井さんが歌い終わると、俺は「凄く上手い!」と言いながら拍手した。


「ありがとうございます。でも、イントロでどうしたんですか?」

「いや、『マイラブリー』さんって桜井さんだったんですね!」

「えっ? 私のアバターを知ってるんですか?」

「そりゃそうですよ。だって見ててくださいね」


 次に俺の曲のイントロが流れ出して、アバターが画面に登場する。


「あっ!」


 彼女も驚いた後、笑顔で俺を見る。

 俺も笑顔を返して、曲を歌い始めた。


「『ロンリーマン3号』さんって藤堂さんだったんですね」

「そうなんですよ。私は桜井さんをライバルだと思ってました」

「私もです!」


 俺達はお互いに笑い合った。実は俺達は得意な曲が被っていて、その曲ではランキングの一位を争うライバル関係だったのだ。


「こんな偶然ってあるんですね!」


 彼女が嬉しそうに言う。


「ホントに。でも凄く嬉しいです」


 俺がそう言うと彼女も笑顔で頷いてくれた。

 俺達はその後も今までに無いくらいカラオケを楽しんだ。

 帰り際にライン登録して、後日、何度も一緒にカラオケに行った。やがて、自然に交際が始まり、二年後に結婚。今年は娘が生まれた。今の俺たち夫婦の夢は、娘と一緒にカラオケに行くこと。二人の娘だから、きっとNHKのど自慢大会で優勝出来るくらい美しい歌声になるだろう。

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