第110話 一月十八日はいい部屋の日

 アパート、マンションなどの建設事業、不動産の仲介事業などを手がける大東建託株式会社が制定。

 同社では賃貸物件検索サイト「いい部屋ネット」を運営。部屋探しにおいて重視するポイントは人それぞれに異なることから、新生活のための部屋探しが本格化するシーズンを前に「いい部屋とは何か」について考える機会を作ることが目的。

 日付は一と一八の一一八で「いい部屋=いい(一)へ(一)や(八)」と見立てて。



 家具や電化製品を設置して、段ボール箱を部屋の中に運び入れると、引っ越し業者の作業員さん達は帰って行った。

 私はどの箱から開けて行こうかと、狭い2Kの部屋に積まれた段ボール箱を眺めた。今日からこの部屋で一人、新しい生活が始まる。


 私は昨日まで彼……いや元彼の裕也と同棲していた。今日、同棲していた部屋を出て、ここに引っ越して来たのだ。

 裕也との同棲期間は一年。別に一年だけと決めていた訳では無いけど、将来を考えられない相手とズルズル同棲し続けたくはなかった。だから私は別れを決めた。同棲解消の話を切り出した時に、裕也はすんなりと了解してくれなかった。あんな生活をずっと続けたかったのだろうか?

 私達は喧嘩が多かった訳じゃない。むしろ喧嘩した記憶が無いぐらいだ。だからと言って、仲が良かった訳でもない。生活自体は上手く回っていたと思う。でもルームシェアしているだけのように、お互いが相手に関心が無く、同棲を始めて三か月目には体の関係さえ無くなっていた。楽と言えば楽だったかも知れない。裕也は家事の分担もちゃんとしてくれていたし、生活費も割り勘で済んでいた。干渉が無い分自由だったし、そのまま同棲を続けることも出来ただろう。ただ五年先、十年先には、私達の間に何も残っていないのは目に見えていた。

 話し合いを続けて別れが決まった後、私自身、あまり悲しくなかったのが悲しかった。同棲を始める前は本当に好きだと思っていた筈なのに。


 私はとりあえず、段ボール箱の側面に書いてある内容物を見て、生活に必要な物から開け始めた。

 同棲を解消した脱力感からか、新しい生活が始まる高揚感は無かった。だが、荷物を解いて少しずつ物を整理しだすと、それなりに気もまぎれた。


「さあ、今日はこの辺までで良いか」


 まだ小物類は結構残っているが、すぐ生活して行く上で必要な物は整理出来た。なんだかこれ以上頑張る為の気力が湧かない。明日は日曜で仕事が休みだし、今日はここまでにして、続きは明日にしよう。


 時間は午後七時。今から何か作るのは面倒なので、外に食べに行こうと考えた。実は部屋を契約する前、近所を下見していた時に、徒歩で行ける個人経営っぽい中華料理店を見つけていたのだ。

 今まで一人で中華料理店に入ったことが無い。でも、今日は行ってみたいと思った。

 私は歩いて中華料理店に行き、中に入る。


「いらっしゃいませ!」


 店主らしい中年男性が一人だけ調理場に居て、元気の良い挨拶で迎えてくれた。

 店内はカウンター席が十席あるだけ。三人のお客さんがポツポツと間を空けて座っている。私は一番出入口に近い席に座った。


「いらっしゃいませ!」


 店主がもう一度挨拶しながらお冷を出してくれた。私は店主に会釈して、メニューを手に取り眺めた。


「チンジャオロースー定食をお願いします」

「はい、ありがとうございます。チンジャオロースー定食ですね」


 他のお客さんの料理はすでに出ているので、店主さんはすぐに私の定食に取り掛かってくれた。


「はい、お待たせしました」


 ほどなくチンジャオロースー定食が私の目の前に置かれる。ピーマンの緑が鮮やかで、凄く美味しそうだ。


「美味しい……」


 一口食べて、思わず声に出てしまう。お肉とピーマンの組み合わせが絶妙で、いくらでも食べられそうだった。


「ありがとうございます」


 私の声が聞こえたのか、店主さんが笑顔でお礼を言ってくれた。


「ホントに美味しいです」

「チンジャオロースーはうちのお勧めなんですよ」

「そうなんですか! こんなに美味しい料理をありがとうございます」


 私は料理を全て食べ終え、気分良く店を後にした。

 部屋に戻って見ると、食事に出る前とはなんだか違って見えた。白黒からカラーに変わったように、何だか新しく新鮮に見える。

 そうか、私は自分では気付かなかったけど、同棲を解消して落ち込んでいたんだ。美味しい料理を食べて元気が出たから、部屋の中が違って見えるんだ。


「この部屋から新しい生活が始まる。元気を出して頑張ろう」


 言葉にするとどんどん気持ちが前向きになり、本当に元気が出て来た。

 きっとこれから良い方向に向かう。心からそう思えた。

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