第109話 一月十七日はおむすびの日

 米に関係する民間企業やJA等でつくる「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」が二〇〇〇年十一月に制定し、二〇〇一年から実施。

 日附は公募で選ばれ、阪神大震災ではボランティアの炊き出しで被災者が励まされたことから、いつまでもこの善意を忘れない為、一月十七日を記念日とした。



 俺は毎日、職場に愛妻弁当を持って行っている。結婚して二年になる妻が、毎朝作ってくれるのだ。

 昼休みになり、いつものように俺が自分のデスクで弁当を広げると、部署の後輩である田所が近付いて来た。奴はいつも外で昼食を食べているのに、今日はコンビニ弁当のようだ。


「あれ? それって愛妻弁当ですか? ご飯を詰めるだけじゃなく、おにぎりにしてくれているんですね」

「ああ、そうだよ」


 田所は余計な一言が多い奴で、部署内で嫌われている。俺の弁当を見て余計なことを言いそうで、俺は警戒した。


「あー、でも奥さん気が利かないな。おにぎりの海苔が湿気でふにゃふにゃになっているじゃないですか」


 やっぱり余計なことを言いやがった。


「俺はパリッとした海苔より、こうやって湿気でおにぎりにくっついた海苔が好きなんだ。これは俺が頼んでやって貰っているんだよ」


 これは事実だった。俺はコンビニでおにぎりを買う時も、最初から海苔が巻いてある物を買うぐらいだから。


「へーそうなんですか。湿った海苔のおにぎりは先輩が頼んで作って貰ってるですね?」

「おう、それがどうした」

「それは奥さんが可哀想だ」

「どうしてそう思うんだよ」


 俺はイラっとしてそう聞いた。


「だって湿った海苔が好きなら、おにぎりじゃなく、海苔弁みたいにご飯の上に海苔を置くだけで良いじゃないですか。奥さん確か働いてるんですよね? そんな人に毎朝面倒なおにぎりを頼むなんて、俺は優しくないと思うな」

「なっ……」


 俺は腹が立ったが、言い返せなかった。田所の発言が正しいかもと思ったからだ。

 俺と妻は二人とも正社員の共働き夫婦だ。家事は分担しているが、俺は料理が出来ないので、食事は全て妻に任せている。他のことをしているとは言え、俺の我儘で妻の負担を増やすのは確かに優しくないと思った。


 その日、残業して帰宅すると、妻はすでに帰っていた。


「今日もお弁当美味しかったよ。ありがとう」


 俺は空のお弁当箱を流しに置いて、いつものように、妻にお礼を言った。


「どういたしまして」

「あの、お弁当だけど、明日からおにぎりじゃなく、海苔弁みたいにご飯の上に海苔を乗せるだけで良いよ」

「えっ、どうして? おにぎり好きだったでしょ?」


 妻は驚いて、理由を聞いてくる。


「うん、おにぎりより、海苔弁にした方が楽だと思って。俺がおにぎり好きだからって、結衣に面倒なことさせるのも悪いから」

「ええっ、良いよそんな気を遣わなくても」

「でも、おにぎりを入れて欲しいって言うのは、俺の我儘だから」


 俺がそう言うと、結衣はにっこりと笑う。


「ありがとう。将司君は本当に優しいね。だから、私も手間が掛かろうとも、おにぎりを作ってあげたいの」

「でも……」

「お弁当を作っている時はね、将司君がどんな顔して食べるのかなって想像してるの。嬉しそうな顔して食べるあなたを想像しながらおにぎりを作っていると、苦労なんて感じたことは無いよ。それに将司君はいつも、美味しかった、ありがとうって言ってくれるでしょ。あの言葉を聞くのが凄く嬉しいの。だから、本当に気にしないでね」


 笑顔でそう言ってくれる結衣が、本当に愛しかった。


「結衣、大好きだ」


 俺は思わず結衣を抱きしめた。


「ありがとう。私も大好きよ。さあ、晩御飯を食べようか」


 俺と結衣は、今日の出来事を楽しく話しながら夕飯を食べた。

 結衣となら、これからもずっと仲良く暮らしていけると思った。

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