第191話 四月九日はフォークソングの日

 日本のフォークソング、ニューミュージック界を代表する数々の名曲を送り出してきた日本クラウン株式会社のPANAM(パナム)レーベルが制定。

 全国各地にある「フォーク酒場」の盛況ぶりなど、新たなブームとなっているフォークソングをさらに広め、フォークソング文化の発展に寄与するのが目的。

 日付は四と九を「英語のフォー(四)と音読みのク(九)」とする語呂合わせから。



「ただいま、フォークソング部は部員募集中です!」

「みんなでフォークソングを聴いたり歌ったりしましょうね!」


 今は昼休み。私は榊孝弘さかきたかひろ部長と一緒に、フォークソング部の新入部員募集活動を行っている。一年生の教室がある三階の階段前に机を置き、ラジカセで往年のフォークソングを流しながら、一年生に声を掛けているのだ。

 現在、フォークソング部の部員は、三年生の榊部長と二年生の私だけ。今年新入部員が入らなければ、部から同好会に格下げになってしまう。本心を言うと、私は新入部員が入って欲しくない。新入部員が入らなければ、同好会になってしまうが、念願の榊部長と二人っきりの活動になるから。私は去年入部して以来、ずっと榊部長のことが好きなのだ。

 去年の今頃も同じように、フォークソング部は部員募集の活動をしていた。その当時のフォークソング部は、三年生が男女それぞれ一名ずつと二年生の榊先輩の三名だった。

 私は部員募集の声を張り上げている榊先輩を見て、一目惚れしてしまった。榊先輩はイケメンではない。でも、ニコニコしていて、見ているだけで幸せになれる顔をしている。その笑顔に惚れてしまったのだ。

 私はフォークソングに全く興味が無かったが、その場ですぐ入部した。三年生の二人も良い先輩で楽しく部活動して過ごせた。三年生が秋に引退してからは二人っきりだったけど、勇気が無くて榊先輩に告白することが出来ないでいた。

 今年こそは告白して彼女になるんだ。その為には二人きりの方が好都合だった。


「ただいま、フォークソング部、部員募集中です!」

「みんなでフォークソングを聴いたり歌ったりしましょうね!」


 私達は一年生が通る度に声を掛けた。


「あっ、この曲、かぐや姫の神田川だ!」


 階段を上って来た、一年生の女の子が嬉しそうに近付いて来た。


「君、神田川知ってるの?」


 部長が近付いて来た女の子に話し掛けた。


「はい、父がフォークソング好きで、小さな頃から良く聴いているんですよ」 


 女の子も部長に話し掛けられて、嬉しそうに応えている。


「お父さんの影響なんだね! どう? フォークソングが好きなら、入部してみない?」


 部長と話している女の子は、ショートカットで笑顔が可愛い。しかもフォークソングが好きみたいだ。こんな可愛い子が入部して来たら、部長を横取りされるかも。

 私は焦った。


「あっ、次はさだまさしの案山子ですね!」

「凄いな! 案山子まで知ってるんだ」

「家族愛を歌った名曲ですよね」


 こ、これは凄くヤバイ! この子本物だわ。私なんて、入部するまでタイトルを聞いたことすら無かったのに。

 何とかしないと。


「で、でもさ、この曲って時代遅れだよね。今はスマホですぐ連絡が取れるのに。なんか聴いててピンと来ないと言うか……」


 女の子を否定したくて慌ててそう言うと、部長は「えっ?」って少し驚いた感じで私を見た。

 しまった。女の子を否定しようとして、曲自体を否定してしまった。しかも案山子は部長が凄く好きな歌なのに。


「何を言ってるんだよ。フォークソングはそのレトロさも良いんじゃないか。いつもの香川君らしくないなあ」


 いつもにこやかな部長が、笑顔のままでそう言った。


「あああ、で、でも時代に合わないと言うか……」


 私はパニクッてしまって、余計に墓穴を掘る。


「私も、フォークソングの時代遅れ感が好きです」


 女の子がさわやかな笑顔でそう言う。


「そ、そうですよね……」


 私は惨めすぎて下を向いた。


「もし入部するんだったら、この用紙に……」

「すみません。ちょっとトイレに……」


 私は疎外感を覚え、部長が女の子を勧誘している途中で抜け出してしまった。

 失敗したなあ。女の子に嫉妬して否定するんじゃなく、私もフォークソングを褒めれば良かった。入部して以来、頑張ってたくさんフォークソングの名曲を勉強したのに。

 行きたくもないトイレに行ったけど、戻り辛い。


(すみません。少し外の空気を吸って来ます)


 私は榊部長にラインを送って外に出た。

 あの子、フォークソングが好きみたいだし、入部するだろうな。部長もあの子もフォークソングが本当に好きだからお似合いだ。私みたいに無理して聴いてる訳じゃ無いもの。

 私はグラウンド前のベンチに座って、サッカーをして遊んでいる人たちをボーと見ていた。


「ここに居たんだ」

「部長!」


 不意に榊部長が横に座って来て、私は驚いた。


「部員の募集はどうしたんですか?」

「ああ、香川さんが気になったから、片付けて探しに来たんだよ」

「すみません、迷惑お掛けして……」


 私は申し訳なくて謝った。


「いや、また明日募集すれば良いさ。明日こそは一人ぐらい入れようね」

「えっ、あの一年の女の子は入部しなかったんですか?」


 てっきり入部すると思っていたんで驚いた。


「うん、彼女は軽音学部に入りたいそうだ。残念だけど仕方ない」

「そうだったんですね」


 少しホッとしている自分に腹が立つ。


「今日は突然どっかに行っちゃうなんてどうしたの?」


 私はどう言おうかと考えた。


「実は私、あまりフォークソングに興味が無かったんです」

「ええっ! だってあんなに毎日聴いてたのに。文化祭でも一緒に歌ったし」

「あっ、今は少し好きになりました。でも、部に居るのは……」

「うん……」


 部長は真剣に聞いてくれている。もうここまで来たら気持ちを打ち明けるしかない。


「部長が好きだからです。部長がフォークソングを好きだから、私も聴いてるんです」


 とうとう告白してしまった。でも、部長は驚いたのか何も言ってくれない。


「すみません。迷惑ですよね……」

「あっ、いや、ごめん! 驚いちゃって。実は僕もずっと香川さんのことが好きだったんだよ」

「ええっ、ホントに?」


 まさかの部長からの返事に、嬉しさより驚きの方が強かった。


「ホントだよ。先輩二人は僕の気持ちを知っていて、応援してくれてたんだけどね。僕に勇気が無くて……」

「そうだったんだ……」

「だから、改めて言うよ。僕と付き合ってください。僕の気持ちはこれです」


 部長はそう言うとアカペラで歌い出す。曲は松山千春の長い夜だった。

 長い告白だけど、自分の為に歌ってくれていると思うと、嬉しくて聴き入ってしまう。


「ありがとうございます。私も付き合って欲しいです」


 部長が歌い終わると、すぐにそう返事をした。

 こうして、災い転じて福となすな展開で、榊部長と付き合えることとなった。もう彼女になったんだから、気にせず部員募集を頑張ろう。二人の付き合うきっかけになった、フォークソング部がずっと続くように。

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