第212話 四月三十日は派手髪の日

 福岡県北九州市に本社を置き、ヘアースタイリング剤やヘアカラーワックスなどの開発、製造、販売を手掛ける株式会社EMAJINYが制定。

 同社は、髪型や髪の色も個性であると認め、容姿への偏見や差別を無くしていくには寛容なコミュニケーション力を身につけることが重要であると考えている。記念日を通して派手な髪や奇抜な髪型をしてもらい、他者を許容する力を養う日とすることが目的。

 日付は仮装するイベントとして定着しているハロウィーンから半年後の四月三十日。ゴールデンウィークの期間であり、こどもの日にも近いことから、仮装体験に触れる日として定着させたいとの願いが込められている。



 ゴールデンウイーク前半の日曜日。中学二年の俺は、勇気を振り絞って髪の毛を金髪に染めた。父さんも母さんも驚いて訳を聞いて来たが、俺が理由を話したら納得してくれた。納得して止められなかったのは良いが、逆に両親は自分たちも一緒に学校に行くと言い出す。二人の言葉は有難かったが、俺一人でやるからとそれは断った。

 次の日は五月一日の月曜日。俺は金髪をワックスでピンピンに立てて登校した。あまりに突然の俺の変化に、みんな驚いて遠巻きに見ているだけで誰も声を掛けて来ない。ただ一人だけ、唯一の友達である坂村は俺と目が合うと無言で頷いた。

 教室に入っても、クラスメイト達は話し掛けて来ない。いつも嫌がらせしてくるあいつらも、俺の変化に戸惑い様子見しているみたいだ。

 しばらくすると、生活指導の武藤教師と担任の小坂がやって来て、職員室に連行された。


「お前こんな髪の毛で学校に来たら駄目だろ。どうして髪を染めて来たんだ?」


 生活指導をしているベテランの武藤先生が諭すように聞いて来る。

 そう聞かれて、俺は担任の若い男性教師、小坂の顔を見る。


「小坂先生は理由を分かっています」


 俺がそう言うと、小坂の顔色が変わる。


「小坂先生は何か知ってるんですか?」


 武藤先生が小坂に尋ねる。


「い、いや私は……」


 小坂は俺と目を合わせずそう言う。


「武藤先生、僕はずっと同級生からイジメられてきました。それを小坂先生に相談したのですが、気のせいだと取り合って頂けませんでした。きっとイジメている奴らはクラスの中心人物なので、注意したくなかったのでしょう。僕はこうやって髪を染めて目立つ行動をすれば、注目を浴びて話を聞いて貰えると思ったんです」


 今までの俺なら、こんなにも堂々と話せなかっただろう。髪を金色に染めたことで、俺は別人になれた気がする。


「小坂先生、本当ですか?」

「あっ、いや……」


 小坂は消え入るような声でそう言うと、下を向いた。


「分かった。イジメは私の方で対応しよう。だから、君は元の髪に戻すんだ」

「ありがとうございます。でも、一か月だけ。今月だけはこの髪を許して下さい。お願いします」


 俺がそう頼むと、武藤先生は困ったような顔をする。


「どうして、一か月もそのままで居たいんだ?」

「しばらくこのままでイジメられないか様子を見たいんです。元に戻すと、学校に来る勇気が出ません」


 武藤先生は小さくため息を吐いた。


「……分かった。今すぐに確約は出来ないが、他の先生は私が説得してみるよ」

「ありがとうございます」


 俺は素直に頭を下げた。

 先生達から解放されて、教室に戻ると、クラスメイトはみんな俺に注目した。俺は坂村を見て、笑顔で頷いた。

 髪を金髪に染めるのは、坂村のアイデアだ。

 坂村はイジメを止められないことに対して、いつも俺に謝っていた。でも俺は坂村を恨む気持ちは無かった。止めに入ったら、坂村も同じ目に遭うのは分かっていたから。

 でも、俺はもう限界に近かった。もう死んでしまいたいと話したら、坂村は死ぬ気で思い切ったことをやってみようと言い出した。髪を金髪に染めて、学校内で注目を浴びたら、イジメられなくなるかもと考えてくれたのだ。

 坂村のアイデアは見事に的中した。俺は注目を浴びて、先生から指導を受ける羽目になったが、そのことでイジメを公にすることが出来た。


 五月中は金髪のままで通した。イジメていた奴らは武藤先生から注意を受けたのか、それとも目立つ俺をイジメにくかったのか、手を出して来なかった。六月になって、元の色に戻したが、イジメが再発することは無かった。


「ありがとう。お前のお陰で助かったよ」


 元の髪に戻した俺は坂村に礼を言った。


「本当に良かった……。うん、本当に良かったよ……」


 坂村は泣きそうな顔で喜んでくれた。

 酷い目にあったけれど、坂村が居てくれて良かった。一生大事な友達でいようと思った。

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