第211話 四月二十九日は昭和の日

 昭和の時代、四月二十九日は「天皇誕生日」であったが、平成になり「みどりの日」とされ、二〇〇七年から「昭和の日」とされた。

 意義は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」



 壁に向かって事務机が二つ並んでいるだけの小さな一室に、若い男が二人で暇そうにしている。

 一人は白を基調とした服装の銀縁眼鏡を掛けた優男。もう一人は優男とは対照的に黒ずくめの服装をしている髭面の男。髭面は椅子の背もたれに体をあずけて暇そうに漫画を読んでいる。優男はその横でノートパソコンを使ってネットを見ていた。

 暇そうに時間を潰しているだけに見えるが、実はこの二人の青年は天変地異から地球を守る為に、遠い星からやって来た異星人なのだ。何か地球に異常を発見したら、すぐに出動出来るようにこの事務所で待機している。


「今日は昭和の日か……」


 優男がパソコンの画面を見ながら呟く。


「そう言えば、昭和の日はあるのに、平成の日は無いな」


 髭面が漫画から顔を上げて、優男の呟きに返す。


「まだ平成天皇が存命だからじゃないか」

「なるほどね……でも、平成ってなんだか影が薄いよな。昭和っぽい考えとか、レトロな物を昭和的とか言うけど、平成的な考えとか聞かないよな」

「確かにそうだね。でも平成は終わったばかりだし、令和も二十年ぐらいになると、平成的って感じで言われるんじゃないか」


 優男もパソコンから髭面に視線を移して応える。


「そうか? そもそも平成的ってどんなのよ?」


 そう言われると、優男もすぐには答えられない。


「まず災害が多かったよね。その分、俺達の出番も多かったし」

「確かにそうだったな……被害を最小限に出来なくて、司令官に大目玉喰らったよな……」


 髭面の言葉で、二人は遠い目になり災害対応していた時のことを思い出す。


「やめよう。これは平成的とは関係ないし」

「そうだよな。新型コロナもあったし、令和はもっと酷くなるかも知れないしな」

「やめろよ、縁起でもない!」


 髭面の言葉に、優男は身震いする。


「平成と言えば携帯か。昭和はポケベルもまだ無かっただろ」

「そうだよね。昭和は黒電話がまだあって、公衆電話でテレフォンカードを普通に使ってたよね」


 優男が頷きながらそう言う。


「実家住まいの彼女に電話掛けるのが一苦労だったよ。他の家族が出たりするし。ちゃんと時間を決めていても、父親が取ったりしたら最悪だからな」

「あの当時、地球人の娘と付き合ってたんだ」

「そうなんだよ。良い子だったんだけどな~職業言えないって言ったら振られたよ」


 髭面がしみじみと言う。


「どうせ地球人とは歳の取り方が違うから別れる運命さ」

「そうなんだけどな~あの頃は良かったなあ~」

「おい、昭和にノスタルジックを感じてどうするの。今は平成の話をしてるのに」

「あっそうか」


 優男に突っ込まれて、目的を思い出す髭面。


「携帯電話の登場で、誰とでも気軽に繋がれるようになった時代が平成だよね」


 優男が話を元に戻す。


「いつでも繋がれるって言うのも、良いことだけじゃ無かったよな。繋がれるのに繋がらないと、無視されたって感じが強くなるからな」

「メンヘラって言葉も出来たよね」

「そうなんだよね。メンヘラ娘には苦労したよ」

「平成でも地球人に手を出したんだ」


 優男が少し呆れたようにそう言った。


「もう、ちょっと返信が遅れただけで、目の色変えて怒るんだぜ。そんなことしてたら逆に男は逃げるって分からないんだよな」

「もう女の話は良いよ。他に平成らしいもの考えようよ……そうだな……引きこもりとかはどうだ? 昭和には居なかっただろ?」

「そうか? 情報が無かっただけじゃないの?」

「いや居なかった筈だ」


 優男はキッパリと言い切る。


「その根拠は?」

「ネットが無かったからね」

「ネットか……」

「昭和の終わり頃になって、ようやくビデオが登場したぐらいだから、昭和の時代で引きこもろうと思ったら、テレビ見てるしかないだろ? 絶対に無理だ」

「なるほどね。確かに本やテレビだけじゃ時間は潰せないよな。あと、性的欲求の処理もな」


 髭面が優男の説に同意する。


「その通り。だから引きこもりをやめさせるなんて簡単だと思うんだよ。ネットを止めれば良いんだ。WiFi切って、スマホを取り上げれば良いんだよ」

「その意見に基本的には賛成だが、それをすると親子間で血みどろの喧嘩になりそうだな。引きこもりしてる奴らに取って、ネットは命と同等だろうからな」


 髭面が苦笑いする。


「しかし、メンヘラや引きこもりって、考えてみると平成は碌な時代じゃないな」


 髭面はうんざりとした表情で言う。


「そうでも無いさ。マナーや人権意識は高まった時代じゃないか。昭和の時代は煙草のポイ捨てや路上での立ちしょんべんとか珍しくなかったけど、今は殆ど見ないからね」

「ああ、いたいた。そう言えば最近は見なくなったな。確かに平成でマナーが良くなったのはあるな」


 髭面も納得して頷く。


「あと、十年二十年先には、平成ってどんな時代だと認識されているんだろうか?」

「案外、あの頃は良かったなって言われてたりしてな」

「それは困る。令和になって、世の中が良くなって、平成の時代はいろいろ大変だったなってなってくれないとな」

「そうなるのが理想だけど、俺はあの頃は良かったってなる気がするな」


 髭面はシニカルな笑顔を浮かべて、優男の言葉を否定する。


「じゃあ、賭けてみるか?」

「おお、良いね。じゃあ俺は二十年後には今より世の中が悪くなっていると予想する」


 髭面が優男の挑発に乗って来た。


「じゃあ、俺は良くなっている方で。晩飯でも賭けるか」

「よし、賭けは成立したな」


 髭面が握った拳を優男に差し出す。優男もそれに応えて、自分の握り拳を髭面の拳に当てた。


「まあ、良くなっても悪くなっても、災害だけは起こらないで欲しいな」

「確かにそりゃそうだ」


 優男の言葉に髭面が頷き、二人は顔を見合わせ笑った。

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