第13話 十月十三日は引っ越しの日

 引越専門協同組合連合会関東ブロック会が一九八九(平成元)年に制定。

 一八六八(明治元)年のこの日、明治天皇が京都御所から江戸城(現在の皇居)に入城された。



「はい、これで最後」


 息子の亮(りょう)が、エレベーターホールから運んで来た段ボール箱を俺に渡す。俺はその箱を車の荷台に積み込んだ。

 ハッチバックの車の後部座席を前に倒し、荷台を目一杯広げて引っ越しの荷物を積み込んでいた。事前に量った訳では無かったのに、引っ越しの荷物は隙間のないくらい丁度の容量で収まった。


「さあ、行くか」


 俺と亮は車に乗り込んだ。


 亮の引っ越し先のアパートはこの自宅マンションから車で一時間ほど。引っ越し費用を浮かす為に、俺が車で荷物を運ぶことにしたのだ。

 亮は今大学の三回生。今までは自宅から電車とバスで通学していたが、つい二週間ほど前、突然一人暮らししたいと言い出した。理由は、バスの最終時間に帰ろうとすると大学の研究時間が制約されるとのことだった。

 いきなりの話だったので、俺と妻は驚いた。お金に関すること、食事などの生活面、心配事はいろいろあったが、亮は聞かれるのを予想していたように、しっかり準備していることを説明する。そこまでちゃんと考えているのなら、俺も妻も駄目とは言えなかった。でも俺も妻も分かっていた。亮が卒業後に目指している道から考えると、ここから出て行けば二度と一緒に暮らすことは無いのだと。


「気を付けてね」


 出発しようとする俺たちを、妻が寂しそうな顔で見送る。突然訪れた息子の巣立ちに、妻も戸惑いもあったのだろう。せめて一緒にアパートまで行きたかったみたいだが、乗るスペースが無く諦めたのだ。

 妻に見送られ、俺は亮の引っ越し先のアパートに向けて車を発進させた。



 亮と二人で一時間のドライブが始まる。ゆっくり話が出来るこんな機会は、もう無いかも知れない。俺は少し焦っているかのように、亮にいろいろ質問をした。

 大学のこと、将来の職業のこと、趣味で続けていたバンド活動のこと、彼女のこと、友達のこと、今の亮の全てを知りたいかのように問い続ける。

 だが、やがて質問は忠告に変わっていく。「ちゃんとご飯は食べるんだぞ」「朝が弱いんだから夜更かしするなよ」「お金が足りなくなったら、連絡しろよ。変なところからお金を借りたりするんじゃないぞ」「ギャンブルはするな」「お酒を飲み過ぎるな」。

 亮はその都度、ちゃんと「大丈夫だよ」と返事を返してくれた。

 亮は特別親に心配を掛けるような息子ではない。むしろ成長過程で心配など感じたことがない、親孝行を絵にかいたような息子だった。

 馬鹿な子供ほど可愛いという言葉があるが、俺はそうは思わない。しっかりしていて、親に心配を掛けないような利口な子供でも、親は可愛いと思うし心配するものだ。


「何か困ったことがあれば、必ず連絡して来いよ」


 アパートに着き、荷物を全て降ろして、一人で帰るその時、俺は最後の駄目押しのようにそう言った。


「うん、分かった。ありがとう」


 これだけしつこい俺に、亮は笑顔で返事をして見送ってくれた。

 これから俺は、年月とともに心配する立場から心配される立場に変わっていくのだろう。老いては子に従えという言葉もある。それは正しいとも思う。でも俺は死ぬまで息子のことを心配し続けるだろう。そんな自分で良いと思っている。

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