第14話 十月十四日は鉄道の日

 一九二二(大正一一)年に「鉄道記念日」として制定。

 一八七二(明治五)年九月十二日(新暦十月十四日)、新橋駅(後の汐留貨物駅・現在廃止)~横浜駅(現在の根岸線桜木町駅)を結んだ日本初の鉄道が開業した。

 「鉄道記念日」のままでは国鉄色が強いということで、一九九四(平成六)年に運輸省(現在の国土交通省)の提案により「鉄道の日」と改称し、JR以外の民間鉄道も巻き込んだ記念日となった。



 俺は敦賀駅のホームで買った缶ビールとちくわを持って、大阪行きの特急サンダーバードを待っている。

 原発関連の会社で営業をしている俺は、度々日帰り出張で敦賀に来ている。午前中から関係先を回り、終わる頃には定時を過ぎている。そんな時は会社に連絡して直帰の許可を得るようにしていた。


 今日も駅に着いた時には午後六時を回っていた。いつも通り会社に直帰の許可を取る。ここから俺の至福の時間が始まるのだ。

 まず駅のホームの売店で缶ビール二缶とちくわを買う。ちくわはスーパーで売っているような安っぽいものではなく、ちゃんと竹の芯にすり身を巻きつけて焼いたやつだ。

 サンダーバードが到着するまでビールを飲んだりしない。自分の席に座るまでどんなに喉が渇いていようと我慢する。

 やがてホームにアナウンスが流れ、俺が乗る予定のサンダーバードが到着する。

 車内に入り、乗車券を見ながら指定席の番号を探す。俺は必ず窓側の席を取るようにしている。もし無ければ一本遅らせても確保するぐらいだ。

 通路を進んで探し出し、席に着く。発車するまで緊張する時間だ。

 車内に発車のアナウンスが流れる。ラッキーだ。今日は横の席に座る人は居ないらしい。大阪に着くまでの約一時間半。最高の時間を過ごせそうだ。


 一言言っておくと、別に俺は電車が好きな訳じゃない。撮り鉄でも乗り鉄でも時刻表マニアでもない。ついでに言うと、お酒好きでもない。家で滅多に晩酌はしないし、誘われないと飲みに行くこともない。

 直帰できる電車内で、ちくわを食べながらビールを飲む時間が堪らなく好きなだけだ。


 電車がゆっくりと動き出す。ここでようやく俺は一缶目のビールを開け、半分ほど一気に喉に流し込む。


 クーッ、堪らん!


 喉が渇いていればいるほど、この一飲みが堪らなく美味しい。

 ちくわの袋を開け、竹の芯を手に持ち、身をかじる。普段ちくわなどそう美味しいとは思わないのだが、ここで食べるちくわは何よりも美味しい。

 缶の中に残ったビールを最後まで一気に飲み干す。

 ここで少し落ち着く。一時間半は短いようで長い。ここからはのんびりとペースを考えながら飲み食いするのだ。


 俺はこの電車内ではスマホもいじらないし、本や雑誌も読まない。ただひたすら子供のように窓から外を眺めて大阪までの時間を楽しむのだ。

 十月のこの時間はもう暗くなっている。民家の灯り、商業施設の灯り、車の灯り、俺は飽きずにずっと外を眺め続ける。電車内から見る外の景色は、どこか別世界のように現実感がない。自分とは直接関わり合いが無いからかも知れない。

 こうして頭の中を空っぽにして眺めているだけで、しばし普段のストレスを忘れられる。

 俺はまたビールを開け今度は一口だけ飲む。そしてちくわも一口かじる。

 また窓の外に目を向ける。

 俺はなぜこの時間が好きなのかを考えた。すぐに答えが分かった。人にはこうやって何も考えない時間も大切なんだ。


 トイレに行きたくなって、席を立つ。通路に出るところで、反対側の席から出て来たサラリーマン風の男性とかち合った。お互い同時に相手に気付き、通路を譲り合う。それが可笑しくて、お互い笑った。

 もしかして、今、この人も大切な時間を過ごしているのかもと俺は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る