第222話 五月十日はファイトの日

 一九六二年(昭和三十七年)に日本で初めてのドリンク剤「リポビタンD」が発売されてから二〇一二年(平成二十四年)で五十周年を迎えることを機に製造発売元の大正製薬株式会社が制定。

 日付は五と十でリポビタンDの合い言葉「ファイト!一発!」の「ファイト」と読む語呂合わせから。

 リポビタンDを飲んで疲労を回復し、元気になってもらおうという願いが込められている。



 息子が大学を卒業して新卒で就職してから一か月が過ぎた。中小企業だった為か研修期間も短く、もう配属部署も決まり実務に従事している。

 ここ数日、その息子の表情が沈んでいる気がする。仕事が上手く行っていないのだろうか? 心配しだしたらキリがないとは思いながらも、うつ病になってしまったらと考えると心配せずにはいられない。


「仕事はどうだ? 慣れてきたか?」


 朝食を一緒に食べている時に、思い切って聞いてみた。


「うん……大丈夫」


 息子は俺の顔も見ずに、そう答えた。

 返事が「面白い」や「楽しい」じゃなく「大丈夫」。最近の若い奴らがなんでも「大丈夫」で返事をするのは知っている。だから本当に何も問題なく大丈夫なのかも知れない。

 それに仕事なんだから「面白い」や「楽しい」と言う返事が無くても当たり前なのかも知れない。だが、仕事が辛くなるのはある程度物事が分かって来てからなんじゃないか? 仕事を覚えたての頃は何でも目新しくて、楽しく感じるものじゃないか?

 心配し過ぎて、息子のたった一言の返事でそこまで考えてしまう。

 息子が家を出た後に、妻とも話をしてみた。


「うん、そうね……少し疲れているみたいだから、私も心配してたの」


 妻から何か安心できる言葉を聞きたかったのだが、逆に心配が深まってしまった。


「仕事から帰ったら、話してみるよ」

「そうね……お願い」


 成人した子供に対してどこまで関わるべきかは悩みどころだけど、俺は後で後悔しないようにしっかり話を聞いてみることにした。



「テレビ観てるところを悪いけど、ちょっと話があるんだが良いか?」


 夜になり、風呂を済ませた息子が、リビングでテレビを観ていたので、俺は声を掛けた。


「うん、録画だから良いけど……何の話?」


 俺は息子の横に座った。


「母さんとも話していたんだが、最近のお前は元気がないように見えてな。何か悩み事とか有るんじゃないのか?」

「ああ……そう言うことか」


 息子は素っ気なくそう返した。


「仕事で何か有るんじゃないのか? 上司が嫌だとか」

「うん……」

「俺に話しても解決するかどうかは分からないけど、言えば気が楽になることもあるぞ」


 息子が何か含みを持っている感じだったので、突っ込んで聞いてみた。


「心配させて悪かったよ。別に悩んでいるって訳でも無いんだ。同期で出来る奴が居てね。何か差を感じてへこんでいたんだよ」

「そうなのか……まあ、要領のいい奴っているからな」

「俺もサボっている訳じゃなく、一生懸命やってるんだけど、なかなか追い付けなくてさ。能力が違うのかなって……」


 息子の悩みを聞いて、少しホッとした。思ってたより前向きな話だったので、安心したのだ。


「まあ、そんなにへこむことでもないぞ。一つだけ確実なのは、一生懸命やってたら、絶対に誰か見ていてくれるもんだよ。あまり出来る奴を意識せず、マイペースでやれば良いと思うよ」


 俺がそう言うと、息子も笑顔になる。


「そうだよね。ありがとう、ホント少し気持ちが楽になったよ」

「これからも何か悩んでいたら言ってくれて良いからな。お父さんとお母さんは、何があってもお前の味方だから」


 「頑張れ」と言葉を続けようとしたが、やめておいた。今現在頑張っている人間に「頑張れ」は逆効果だと聞いたことがあったから。だから俺は心の中で「ファイトだ頑張れ」と息子を応援した。

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