第98話 一月六日は色の日

 「い(一)ろ(六)」の語呂合せ。

 色に関係する職業の人の記念日。



 あれは結婚してすぐの頃だったから、もう二十年以上前か。その日はたまたま時間潰しに入ったパチンコで大勝ちして、あぶく銭で気が大きくなっていた。だから、嫁さんが新居に飾りたいと言っていたポスターを買ってあげることにしたんだ。


 次の休みに雑貨屋に行き、二人で部屋に似合うポスターを探した。

 最初は嫁さんに選んで貰うつもりだったのだが、ある絵のポスターを見た瞬間、俺は一目惚れしてしまう。

 その絵は、どこかの田舎町の風景画だった。風景画と言っても写実的な絵じゃなく、抽象画のような感じだ。畑や森が在るのどかな田舎に、一本の曲がりくねった道が手前から奥に続いている。奥行きを感じられる絵だ。

 その絵の構図やタッチも良いと感じていたが、俺が一番気に入ったのは色使いだ。赤や緑や青。様々な色が使われているが、派手さは無く、むしろ落ち着いて見える。俺に絵心は無いし、上手くは表現できないのだが、色に調和が取れているんだろうと思う。

 俺は嫁さんに、どうしてもこれが欲しいと話して了解して貰い、このポスターを買って帰った。


 絵が気に入ったのに、その時は画家の名前やタイトルまで興味が向かなかった。理解して貰えない気持ちかも知れないが、有名な画家が描いていようが、無名の人が描いていようが、そんなことはどうでも良いくらいその絵が気に入ってしまったのだ。たとえ、小学生が描いたと言われても買っていただろう。

 家に帰って、さっそくフレームにポスターをセットして、壁に飾った。


「良い感じね」


 嫁さんも絵を見て、満足してくれた。もちろん俺も大満足だ。


 それから結構な年月が経って、ある日ふと、この絵はなんという画家の作品なんだろうと、気になった。その頃にはネットも普及していたので、俺は検索することにした。

 とは言っても、探す手がかりが思い浮かばない。この絵の情報を何も持っていないからだ。どうしようかと考えた時、絵の中に書かれている文字に気付いた。もしかしたら、この文字を検索すると、何か分かるかも。

 絵には「Nichоls Cyn Rd」と書かれていた。検索するとアッサリ絵の情報にたどり着いた。作者は「デビッドホックニー」作品名は「ニコルズキャニオン」。どうもカリフォルニアの風景みたいだった。その他の情報も書かれていたが、絵の知識が無く、よく理解できなかった。

 こうやって調べてみて思ったんだが、俺にとって絵の情報はあまり意味がなかった。誰が描いた、なんの絵だろうと、俺が気に入っているのに変わりはない。それで良いんだと思った。この色彩は理論や情報も関係なく、俺を和ませてくれるから。


 それからまた時が経ち、今でもまだ絵を家の中に飾っている。驚くほど飽きることが無かった。多分これからもずっと、俺はこの絵を見て暮らしていくと思う。


※この絵の情報はここから見れます。

https://blog.singulart.com/en/2019/09/18/nichols-canyon-david-hockneys-first-mature-painting/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る