第151話 二月二十八日はバカヤローの日

 一九五三(昭和二十八)年のこの日、吉田茂首相が衆議院予算委員会の席上、西村栄一議員の質問に対し興奮して「バカヤロー」と発言した。これがもとで内閣不信任案が提出・可決され、この年の三月十四日に衆議院が解散してしまった。この解散は「バカヤロー解散」と呼ばれている。



 私は所謂いじられキャラだ。

 リーダー的な存在の綾乃、人の意見にすぐ乗っかる桃子、誰にでも優しい私の親友である紗季ちゃん、で、いじられキャラの私。この四人でいつも遊んでいる。

 いじりは、まず綾乃が私の容姿や行動をからかい、それに桃子が乗っかる。紗季ちゃんはやんわりとたしなめるか、話しに加わらずにスルーする。最後は当の私が「私なにを着ても似合わないんだよね」とか「またドジっちゃた」とか空気が重くならないように、笑いに変えるのがパターンだ。

 こうやって、私は自分で笑いに変えているが、本当はいじられるのは嫌だ。毎日いじられないように、着る物や行動に注意している。それでもいじられるので、時には泣きたくなる。でも、泣いてしまったら本当に惨めだろうからそれは我慢している。それに、笑いに変えているうちは冗談で済む。いじりは本気じゃなく冗談だと自分の気持ちも誤魔化せるのだ。

 あと、みんなにいじられているんじゃ無いことも、少しは気持ちが楽になっている。紗季ちゃんは私をフォローして、味方になってくれている。それだけで凄く救われていた。


 冬になり、私の誕生日となった。綾乃や桃子には聞かれていないので誕生日を教えていない。でも紗季ちゃんだけには話していた。

 朝の待ち合わせで会った時に、紗季ちゃんは赤い手袋をプレゼントしてくれた。紗季ちゃんのは緑でお揃いの手袋なのだ。

 私は一目で気に入って、思わず抱き着いてお礼を言った。紗季ちゃんは永遠の友達だと思った。


「陽菜ちゃんはいじられてばかりで悲しくないの?」


 手袋をくれた後、紗季ちゃんに聞かれた。


「悲しいけど、紗季ちゃんが居てくれるから大丈夫よ」


 私は笑顔で答えた。


「そうか……」


 紗季ちゃんが少し悲しそうな顔になったので心配になったが、私が話題を変えるとすぐにいつもの笑顔に戻ったから、あまり気に留めなかった。


「おはよう!」


 学校に着いて校舎の前に来た私たちに、綾乃と桃子が挨拶しながら近付いて来る。


「おはよう! 今日はね、陽菜ちゃんの誕生日なんだよ」


 紗季ちゃんは近付いて来た二人に、挨拶がてら私の誕生日のことを知らせてくれた。


「ええっ……そんなのいきなり聞かされてもどうしようも無いよ。プレゼントなんか用意してないし」


 綾乃が不機嫌そうに、そう言った。


「あっ、プレゼントなんて無くても良いよ。言って無かった私も悪いんだし」


 私は揉めたくなかったので、そうフォローした。


「そうよね。陽菜の誕生日なんて、別にめでたくも無いしね」

「そうそう、ババアに一歩近付いたな」


 綾乃の言葉に、桃子まで乗っかって来る。


「ちょっとやめなさいよ! 誕生日の人に言う言葉じゃないでしょ!」


 いつもなら、もっと柔らかいフォローをする紗季ちゃんが、私の前に出て本気で怒ってくれた。


「じゃあ、紗季だけで祝えば良いじゃない! 私たちは何もしないからね!」


 綾乃が怒ったように、吐き捨てる。


「最低ね! その言葉、人としてどうなのよ?」


 紗季ちゃんも引かずに綾乃を責める。


「良いの良いの。私の誕生日なんて、祝うほどのことじゃ無いもんね!」


 私はこれ以上揉めないように、いつもの調子でおどけて見せた。すると、紗季ちゃんが振り向いて私を見る。その表情は驚きと失望が混ぜ合わさっていた。

 私は紗季ちゃんの顔を見て、言葉を失った。顔から血の気が引くようだった。紗季ちゃんの表情の意味が分かったから。

 私はやってしまったのだ。紗季ちゃんを裏切ってしまった。私を守る為に、前に出て戦ってくれた紗季ちゃん。私も一緒に戦わなきゃ駄目なのに、背中から撃つような真似をしてしまった。


「ち、違うの……」


 ようやくその言葉が出て来たが、自分でも何が違うのか良く分からなかった。


「ほら、本人が一番良く分かってるじゃない」


 私が冗談めかした所為で、綾乃が調子に乗ってしまった。紗季ちゃんは綾乃の言葉を聞いても、悲しそうな顔をするだけで何も言わない。

 本人が裏切ったのだから、紗季ちゃんはこれ以上綾乃と戦う気が無くなったのだろう。

 どうしたら良いんだろう。紗季ちゃんに謝らないと。でもどう言って謝ったら良いんだろう。


「あっ、またセンスの無い物持ってるな。地味キャラがそんなに派手な手袋似合わないよ」


 いつもなら、綾乃もここまでしつこくいじっては来ないのに、紗季ちゃんに責められたのが気に入らなかったのか、目ざとくプレゼントで貰った手袋までいじりだした。

 でも、私にとってこれだけは侵しちゃいけない聖域た。この手袋をいじるのは、私をいじっているんじゃない。紗季ちゃんをいじっているんだから。


「バカヤロウ……」


 私はうめくように呟いた。


「はあ?」


 桃子が馬鹿にしたように、耳に手を当ててそう聞く。


「バカヤローって言ったんだよ! このバカヤロー!」


 私も戦う。紗季ちゃんの為にも戦う。

 私は桃子の耳元に向かって、大きな声で叫んだ。桃子は「ひいっ」と悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。


「誰がバカヤロウだ!」

「お前らがバカヤロウだからバカヤロウって言ったんだよ!」


 私は綾乃に負けないように、大声を上げる。


「この手袋はな、紗季ちゃんが選んでくれた大事なプレゼントなんだ! これをいじられて黙ってられるか! 私の宝物なんだよ!」


 私が荒っぽい言葉でまくし立てるので、綾乃は気圧されて何も言えない。


「それに、毎日毎日、いじって馬鹿にしてくれてたよな! 黙ってればいい気になりやがって、いい加減腹が立つんだよ! もうこれからはおどけたりしない。私や紗季ちゃんをいじって来るなら、黙ってないからな!」


 私がそう叫んでも、綾乃も桃子も驚きで返事が出来ない。


「分かったのか! バカヤローども!」

「は、はい!」


 綾乃たちはすっかりビビッて、泣きそうな顔で返事をする。

 二人の返事を聞いて、私はやっと力が抜けた。

 力が抜けて冷静になると、紗季ちゃんのことを思い出した。彼女を見ると、驚いて固まったままだった。


「紗季ちゃんごめんね!」


 私は紗季ちゃんに近付き、抱きしめて謝る。


「うん、うん、もう良いの。陽菜ちゃんの言葉を聞いて私も嬉しい。陽菜ちゃん、本当に頑張ったね」

「うん……ありがとう」


 紗季ちゃんに許して貰えて、ホントに嬉しかった。これからは私も勇気を持って、大切な友達の紗季ちゃんを悲しませないようにしよう。

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