第132話 二月九日は服の日(月間ベスト作品)

 日本ファッション教育振興協会・全国服飾学校協会等が一九九一(平成三)年に制定。

 「ふ(二)く(九)」の語呂合せ。



 私はパソコンの画面を見ながら、うーんとため息交じりに唸った。

 春物の服が欲しくてネットで検索していたら、凄く軽やかで春っぽいたまご色のフレアスカートを見つけた。一目見て惹きつけられたので、即買おうとクリックしかけたが、直前で手が止まる。そこで私は唸ったのだ。

 こんな華やかなスカートが私に似合うかな? スタイルの良いモデルさんが穿いていると映えるけど、私なんかが穿いたら笑いものになるんじゃないか。

 そう考えだすと、クリックする勇気が出なかった。


「どうしたの?」

「えっ?」


 気が付いたら、夫が後ろから覗いてた。


「いや、難しい顔して唸ってるから」

「あっ、いや、何でもないの」

「あっ、このスカート綺麗だね。春っぽくて良いよ。これ買うの?」

「いや、ただ見てただけだから」

「そうなの? でも千尋に似合うと思うよ」

「このモデルさんのスタイルが良いから良く見えるだけで、私が穿いたら台無しになっちゃうよよ」


 せっかく夫が背中を押してくれているのに、私は必死で否定する。

 すると夫は何も言わずに画面を凝視すると、自分のスマホを持って来て操作しだした。


「ほら、買ったからね」


 夫は嬉しそうな顔で、スカートの決済が終わったスマホの画面を見せる。


「ええっ、悪いよそんな」

「良いから良いから。俺からのプレゼント」


 私たちは共働きで、給料を共通の口座に振り込み、そこからお小遣いをそれぞれの口座に振り分けている。カードやネットの買い物はお小遣いを入金している口座から引き落とされるから、今回は夫の支払いになってしまうのだ。


「でも、本当に私が穿いて似合うかどうか分からないよ。ガッカリさせるかも知れないし……」


 私は常に、自分を否定的に捉えてしまう。なぜそうなのか、今では理由が分かっている。いわゆる毒親に育てられたからだ。

 私は幼い頃から、母に否定的な言葉を浴びせかけて育てられた。ぶさいくな娘を産んでしまった。何を着ても似合わない。可愛げが無い。母は常にイライラしていて、そのストレスを私で発散させていた。父は、私が母からなじられているのを黙って見ている空気のような人だった。

 私は両親の愛情を感じられずに大人になり、自分は愛情を与えられる価値の無い人間だと思っていた。私は、自分に自信を持てない人間に成長してしまったのだ。誰かが何かで褒めてくれても、お世辞に感じてしまう程に。常に目立たぬように、化粧もろくにせず、地味な服を着て過ごしていた。

 そんな私が夫と出会った。

 夫は両親から溢れるほどの愛情を与えられて育ってきた人だった。夫が凄いのは、その与えられてきた愛情を、他の人にも分けてあげられる優しい人なこと。下を向いて生活している私でも、褒めて前を向かせてくれる。自信が無く、怖くて一歩が踏み出せない私の手を引いて、一緒に歩いてくれる人なのだ。


「もし千尋がこのスカートを穿いて、誰かが似合わないって言ったとしても、俺はそうは思わないよ。千尋はこのモデルさんと同じくらいスタイルが良いし、きっとこのスカートが似合う。俺はそう思うよ」


 夫はいつも私が否定的なことを言っても、それをフォローして前を向かせてくれる。夫と出会い、付き合いだし、結婚出来て、私も本当に少しずつだが変わってこれた気がする。


「ありがとう」


 そう素直に言えるようになった。


「じゃあ、お礼に私があなたに似合う服を買ってあげる」

「あっ、良いね。選んでくれる? 新しく買った服を着て、暖かくなったら桜を観に行こうよ」


 夫の新しい服と私の新しいスカート。二人で桜を観に行ったら楽しいだろうな。


「うん、良いの探すね」


 私が夫と出会えたのは奇跡だと思う。夫以外の人なら、私は前を向くことが出来なかっただろう。

 夫は神様が私に与えてくれた最高のプレゼントだ。この幸運を大事にして、夫と一緒に歩いて行こうと思う。

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