第122話 一月三十日は節々の痛みゼロを目指す日

 東京都江戸川区に本院を置く、あしすと訪問リハビリ鍼灸マッサージ院を運営する有限会社ひまわりが制定。

 自力で通院できない人の自宅に訪問し、鍼灸、あん摩マッサージ指圧などの施術(リハビリ)を行う同院。高齢者を中心に節々の痛みに苦しんでいる人々のことを理解し、分かち合い、痛みが少しでもゼロに近づき、快方に向かうように願う優しい社会を目指すのが目的。

 日付は一と三〇で「いた(一)み(三)ゼロ(〇)」の語呂合わせから。



「痛っ!」


 夕飯を食べ終わり席を立った瞬間、ひざにチクっと痛みを感じて、俺は思わず声をだしてしまう。


「大丈夫? どこか打ったの?」


 心配した嫁さんが俺に聞いて来る。


「いや、それ程でもないんだけど、ちょっとひざがね」


 突然の痛みだったので声が出たが、実際には大袈裟にする程ではなかった。


「最近多いね。肘が痛いとか肩が痛いとか。もう歳なんだから気を付けてよ」

「歳ってお前、まだ老け込むような歳じゃねえよ」

「もう四捨五入して六十歳じゃない。それに、もうすぐお爺ちゃんになるかも知れないのよ」

「分かったよ。気を付けるってば」


 確かに嫁さんの言う通りだ。娘が去年結婚したので、いつお爺ちゃんになってもおかしくない。それに俺自身、歳を取ったことを日々実感している。

 まず一番最初に感じたのは目だ。俺は近眼で眼鏡を掛けているが、本を読むときなど、眼鏡を外さないと見えなくなってしまった。

 食事の量も減って来た。若い頃は回転ずしで二十皿ぐらい平気で食べられたのに、今は十皿でも怪しい。量が少なくなった分、何を食べるか厳選しなきゃいけない。

 さっきみたいに、体の節々が痛くなるのは日常になっている。五十歳で初めて肩が痛くなった時は、五十で四十肩になるなんて若い証拠だと冗談言っていたのに、今はそんな軽口叩けないほどあちこち痛い。

 年齢による衰えを感じているにも関わらず、俺は嫁さんに対して素直になれなかった。



 そんなことがあってから、最初の休日。嫁さんが家の片づけをしていた。


「あれ? その本さっき段ボール箱に入れてたんじゃないのか?」


 嫁さんが、さっき片付けていた筈の本を段ボール箱から出そうとしていたので、俺は不思議に思って聞いてみた。


「うん、段ボールごとこの台の上に置こうとしたんだけど、重すぎたのよ。だから中の本を出して、箱を乗せてから入れようと思って」


 嫁さんは腰ほどの高さの台に段ボール箱を乗せようとしていたらしい。


「なんだ、それじゃあ二度手間だろ。俺が乗せてやるよ」

「あっ、でも重いからやめて……」


 俺は嫁さんの忠告を最後まで聞かずに、段ボール箱を持ち上げた。

 普段ならそんな強引なことをしなかっただろう。だが、先日に嫁さんから歳だと言われたことに対する反発もあったから、これぐらい平気で持ち上げられるところを見せたかったのだ。

 段ボール箱を持ち上げた瞬間、思っていたより軽いと感じた。だがこれがいけなかった。俺はさほど警戒することも無く、安易に持ち上げようとしてしまった。

 腕に力を入れて持ち上げた瞬間、腰にピキっと痛みが走る。

 ヤバいと思った時には遅かった。俺は箱を下に降ろした。


「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……」


 俺はそこから離れて、横になろうと思った。


「痛いっ……」


 今度はさっきよりハッキリと、腰に痛みが走る。


「大丈夫?」

「ぎっくり腰になったみたいだ……」

「大変じゃない。横になって」


 驚いた嫁さんの手を借りて、寝室で横になった。横になっていても、少し動くと腰に激痛が走る。嫁さんは家の片づけを中断して、アイシングなどいろいろと看病してくれた。


「もう、歳を取って体が弱くなるのはカッコ悪くないけど、若いと強がってケガするのはカッコ悪いよ」

「はい、その通りです」


 結局、なんとか動けるようになるまで、嫁さんに頼りっきりになってしまった。

 体の衰えを認めたくない気持ちが俺にはあるが、変に強がっても実際の歳には逆らえない。今回の出来事で、素直に現状を認めて生活すべきだと痛感した。

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