第123話 一月三十一日は愛妻家の日

 日本愛妻家協会が制定。

 一月の一をIに見立て、「あい(I)さい(三一)」の語呂合わせから。



 朝食を食べていると、ラジオから「今日は愛妻家の日です」と流れて来た。


「なんだ、今日は俺の日なのか」


 冗談めかして言った言葉だが、半分は本気だった。だが、今日は朝から家族四人全員揃っているのも関わらず、誰も俺の言葉に反応が無くスルーされた。

 もしかして、俺の声が聞き取れなかった? それともラジオを聞いて無かったのか?


「ほら、今日は愛妻家の日って、俺の日じゃないか」


 俺は一回目より大きな声で、もう一度言ってみた。


「面白くも無い冗談を流してあげたのに、もう一度チャレンジするなんて墓穴を掘る以外の何物でもないよ」


 いつもクールな次男の俊哉が真顔で俺に言う。笑顔じゃ無いだけ、余計にきつい。


「ごちそうさま。お弁当ありがとう」


 長男の康介は俺の発言に全く触れることなく、弁当を持って自分の部屋に戻る。


「まあ、お父さんは愛妻家って言えば愛妻家かもね。愛妻家らしいことはして貰ってないけど」


 俺へのフォローのつもりなのか、妻が冗談めかした口調でそう言った。

 俺は呆気に取られて、何も言えなかった。俺が何も言い返さなかったことで、この話題はそれ以上広がらずに終わってしまった。



 その日は仕事中もずっと朝の一件が気になって仕方なかった。

 俺は愛妻家ではないのか? 

 妻は言った。愛妻家と言えるかも知れないが、愛妻家らしいことはして貰ってないと。愛妻家らしいことっていったいなんだろうか?

 俺はその答えを求めて、部下の柳田に聞いてみることにした。柳田は課内で自他ともに認める愛妻家だ。奴に聞けば何か分かるだろう。


「ちょっと話があるんだが、良いか?」


 昼休み。自分のデスクで愛妻弁当を食べ終わった柳田に声を掛けた。


「あっ、課長。何ですか?」

「お前に愛妻家について聞きたいことがあるんだ」


 俺は空いていた隣のデスクの椅子に腰掛けた。


「愛妻家についてですか?」

「おう、実はな、妻から『愛妻家らしいことをしてもらってない』って言われたんだよ。でも、愛妻家らしいことって何かなって考えてな。自他ともに愛妻家と認めるお前なら、何か分かるかと思って聞きたかったんだよ」

「ええっ、愛妻家らしいことと言われても……」


 柳田は戸惑った表情を浮かべる。


「お前はいつも奥さんの為に、どんなことをしてあげているんだ?」


 柳田はうーんと唸りながら考える。


「普段嫁さんの為とか、嫁さんが喜ぶかもって考えたことは無いんですよ。嫁さんと一緒にいて、自然としたくなることをしたら、それで喜んで貰えると言うか……」

「なるほどねえ……」


 良く分かるような、分からないような……。


「結局、嫁さんを心から愛していれば、普通にしてても嫌がることは絶対にしないし、喜ばせる行動をするものだと思います」

「そうか、心から愛していれば、自然と愛妻家の行動になるってことだな。分かったありがとう」


 なんだ。そんな難しいことを考える必要なかったんだ。俺は納得して柳田に礼を言った。

 その後、俺はすぐ妻にラインを送った。


(今日の晩御飯は俺が作るから、用意をしなくて良いぞ)


 今日はてんぷらを食べたいと思っていたんだ。俺は食べたいものを作る。嫁さんは楽が出来る。これが愛妻家だ。



 俺は仕事を定時で切り上げ、途中でスーパーに寄って食材を買い集めた。

 家に帰って買い物袋を見せると、妻は驚く。俺は得意気にてんぷらを作り始めた。


「お父さん、晩御飯まだ?」

「俺もお腹減って死にそうだよ」


 康介と俊哉が待ちくたびれて文句を言う。

 意気揚々と作り始めたは良いが、慣れないことで時間が掛かっているのだ。


「私も手伝うよ」

「良いから。今日は俺がするから」


 見かねた妻が手伝おうとするのを俺は断った。


「ほら、出来たぞ」


 九時前になってようやく、てんぷらが揚がり始めた。次々揚がっていくてんぷらを、テーブルの上に置いていく。


「どうだ? 美味しいだろ?」


 俺は全て揚げ終わってから、みんなが喜んでいると思って聞いてみた。だが、俺の予想に反して、みんな渋い顔をしている。


「ごめん、もうお腹いっぱい。ごちそうさま」

「俺も。ごちそうさま」


 康介が席を立つと、俊哉も一緒に自分たちの部屋に戻って行った。二人の席の前には、まだたくさんのてんぷらが残っている。


「どうしたんだ? あんなにまだかって文句言ってたのに」

「ちょっと、衣が厚かったみたいね。それに半生なやつもあったみたい」

「ええっ?」


 俺は試しに一つ、鶏のてんぷらを食べてみた。


「こりゃ酷い」


 確かに妻の言う通り、衣が厚すぎるし、火も良く通っていない。


「ごめんね。私が今朝あんなこと言ったから、無理してくれたんだよね。慣れないことだから仕方ないよ。野菜のてんぷらは食べられるから、残りを食べよう」


 俺は妻と一緒に食べられる分だけで食事を取った。

 俺は妻を喜ばせられなかった。思い付きでやったのが悪かったのだろう。悔しい思いが込み上げて来る。


「ごちそうさま。後片付けは私がするから、あなたはお風呂に入って来て」


 食べ終わった後に、妻は笑顔でそう言ってくれた。


「いや、最後まで俺がするよ。お前が先にお風呂に入ってくれ」


 俺にも意地があった。失敗したとしても、最後までやり切ろうと思う。


「ありがとう。あなたは本当に愛妻家だわ」


 妻が嬉しそうにハグしてくれた。


「本当にそう思うのか?」

「当然よ。愛妻家かどうかなんて、気持ちの問題なんだから。あなたの優しい気持ちを感じられて、私は嬉しいよ」

「そうか……よし、張り切って片付けするぞ!」

「ありがとう。じゃあ、お風呂に入ってくるね」


 失敗はしたけど、妻の笑顔を見れて良かった。次はちゃんと準備をして、妻をもっと喜ばせよう。

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