第77話 十二月十六日は紙の記念日
一八七五(明治八)年のこの日、東京・王子の抄紙会社の工場で営業運転を開始した。
抄紙会社は実業家・澁澤榮一が大蔵省紙幣寮から民間企業として独立させたもので、王子製紙の前身となった。
私は今、夫宛に手紙を書いている。もうすぐ結婚記念日だから、感謝と愛情の気持ちを手紙にしたため、当日に渡すつもりなのだ。
普段はメールやラインで連絡を取ったりするが、やはり心を込めて伝えたいことは、綺麗な便箋に自分の手で書いて渡したいと私は思っている。
今年で結婚三年目。毎年の結婚記念日にはこうして手紙を書いて渡している。だけど、夫からは一度も手紙を貰ったことはない。いつも、「ありがとう」と「愛してる」の言葉だけ。まあ手紙を書いて渡すのは私の主義なので、筆不精の夫にそれを強要しようとは思わない。言葉で伝えてくれるだけでも十分に恵まれているだろうから。ただ、夫に直接言わないが、一度ぐらいは手紙で気持ちを伝えて欲しいとは思っている。
結婚記念日の当日になった。今日は二人とも定時で仕事を終えて、二人で料理を作って食事をすることになっている。
「乾杯!」
食事の準備が終わり、私たちはテーブルに着いて、ワインで乾杯した。
「美味しそうね!」
「奮発して高いお肉買ったからな」
私たちは楽しく話をしながら、料理を食べ始めた。
「これ、今年もあなたへの手紙を書いてきたの」
タイミングを見計らって、私は夫に手紙を渡した。
「ありがとう」
夫はすぐに封筒から手紙を取り出し読み始める。目の前で読まれるのは少し照れるけど、夫の反応がすぐに分かり好きだ。
「ありがとう。嬉しいよ」
夫が心から喜んでくれているのが表情で分かり、私も嬉しかった。
「実は俺も書いてきたんだ」
そう言うと夫は席を立ち、自分の鞄から手紙を取り出し、戻って来た。
「いつも俺ばっかり手紙を貰って悪いと思ってたんだよ」
「ホントに? 凄く嬉しい!」
手紙は事務的なシンプルな封筒に入っていた。取り出した中の便箋も会社で使うようなA4の用紙に見える。そんな可愛げのない手紙でも私は嬉しかった。
手紙を開くと「いつもありがとう」と「これからもずっと愛してる」の文字が大きく書かれていた。綺麗じゃないけど丁寧に書かれた文字。一生懸命夫が手紙を書いている姿が想像できて、凄く嬉しかった。
「ごめん。もっといっぱい書こうと思ってたんだけど、言葉が思い浮かばなくて……」
あまりの嬉しさに固まってしまった私を見て、夫はががっかりしていると勘違いしたのか、申し訳なさそうに言い訳する。
「ううん、凄く嬉しいの。ありがとう。ずっと大切に取っておくね」
「喜んで貰えて良かった~」
そのホッとした顔が凄く可愛く見えて、今まで以上に夫のことが好きになった。こうやって、結婚記念日を重ねる度に、好きな気持ちも積み重なって行くんだろうな。ずっと、ずっと永遠に。
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